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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅳ
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「天使が神から独立する?正気なの?そんな話聞いたことないし、そんなこと考える奴はバカだよ!」


 ベレティエルは、暴言を吐きながらルシファーに進言するべリエルを止めようとした。そのベレティエルを、ハビエルは無駄だと止めた。


「ほんと何考えてるの?信じられない!そんなこと周りにバレたら、おかしくなったって精神鑑定されるよ!本当にどっかで頭強く打って、おかしくなったんじゃないの?」

「精神はいたって正常だ。寧ろ、迷いや疑念を持ちながらここにいる方が、心身の為によくないと思う」

「そうだけど。本当にちゃんとよく考えたの?衝動的な考えだったら、あとで後悔することになるよ?本当に本心なの?いつものルシファーなら冷静になって物事を考えられるのに、衝動的に独立なんて考えたんじゃないの?アブディエル様と上手くいかなかったから、投げやりになってるんじゃないの?」

「なっていない。何度も繰り返し考えたことだ」

「独立なんて誰も認めてくれない。議会への反逆を罪に問わなくても、神に見放されて堕天だよ!そうなったら誰も擁護してくれないし、助けられない。ルシファーはルシファーにしか助けられないんだよ?それでも独立するの?」

「自分を助けられるのは自分だということは、最初からわかっている。だから独立という選択をしたんだ」

「自分の為だって言うの……」


 自分の意志を貫こうとしてるだけで、ルシファーはルシファーでいられてるじゃない。それがここじゃダメなの?

 暴言を吐くべリエルの胸の内に、また寂しさが満ちていた。あの時以上の寂しさが。


「……やっぱりバカだよ!天界で一番の愚か者だよ!」

「ベリエルは反対か」


 ある程度の反応は想像していたルシファーだが、べリエルの異論に少し気を落とした。やはりこんな異端な考えは輪を乱すだけで、自分は気違いなのだろうかと。

 ルシファーのその様子を見たべリエルは、腰に手を当て鼻からふんっと息を吐いた。


「……何がっかりしてるの。バカとは言ったけど、反対とは言ってないでしょ。勤仕にならないかって言われた時から、ボクは貴方に付いて行くと決めてる。ルシファーがそうしたいなら、ボクは後押しするよ」

「ベリエル……」

「あまりにも唐突過ぎたから色々言ったけど、まぁ賛成できるよ。正直なところ、この先ルシファーが堕天しちゃうことを考えたらちょっと嫌だなって思ってた。でも堕天じゃなくて、独立なんでしょ?前例がないから独立したらどうなるかは想像できないけど、ボクたちが前例を作っちゃえばいいんだし。いいんじゃない?」


 驚愕から非難したが、ベリエルは反対せず、ルシファーの意志に前向きに従う意向を示した。その決断は寂しくはあるが、完全に孤立していた自分を救ってくれたのが神ではなかったべリエルが生涯仕えたいと思うのはルシファーなので、当然と言えば当然の選択だった。


「ちょ、ちょっと待って下さい!俺は反対です!」


 賛成が過半数になる前に、焦ったハビエルは反対する。話を聞けばべリエルと一緒に応援したくなりそうだが、事態を冷静に捉えていた。


「独立って言えば平和的なイメージかもしれませんけど、そんなの神が許すと思いますか?べリエル様も今言ってたじゃないですか!ルシファー様が独立をしたいなんて言ったら、それこそ逆鱗に触れて堕天ですよ!アブディエル様の実験を探る方がまだ可愛いものだし、神も大目に見てくれるかもしれません。それに、俺たちの意志が全く尊重されてない訳じゃないんでしょう?独裁者じゃないんだから、ルシファー様の気持ちを伝えればちゃんと耳を貸して下さる筈です。だから……」


 正当な言葉を言い並べて何とか諫言かんげんを試みるが、「ハビエル」とルシファーは話を遮った。


「それもわかっている。天界にいる者全てを裏切ることも。だが、君が何度も説き伏せようと試みても、私の中の天秤は傾きを変えることはない」


 既にルシファーの意志は、ただ一つの未来にしか向かっていない。それはまるで、不動の巨岩。小石を使ったテコの原理では、巨岩は微塵も動かない。道具を工夫したり試行錯誤したところで、ハビエル一人の力では一生かけても不可能だ。

 堕天の危機から救いたいと思う気持ちはあるのに、思いだけが空回りする。立派な大人のように、説得力のある言葉が何一つ浮かばない。ハビエルはもう、何を言ったらいいのかわからなかった。


「……あのさ」


 するとベリエルが、ハビエルに視線を向けながらしゃべり出した。


「前から思ってたんだけど、君ってことあるごとにルシファーに反対するよね。何でなの?」

「何でって……それは、ルシファー様を助けたいから……」

「それ本当?勤仕は主を助けるのが仕事なのに、助けたいなら反対しないでしょ。アブディエル様の実験の邪魔をさせたくないから、反対してるんじゃないの?」


 ベリエルの視線は、ハビエルがアブディエルのスパイではないかという疑いのものだった。べリエルの懐疑的発言に、ベレティエルまでもが僅かにそれを含んだ視線を向ける。


「まさか!そんな訳ないじゃないですか!」

「そもそも、最初からおかしいところはあったんだよね。紹介状の職歴を見ても、これと言った実積はなかった。大した仕事もしてないくせにルシファーの勤仕になるなんて、信じられないよ。それに勤仕になる時、紹介者とは面識もないし相手が誰かも知らなかった。どうぞ怪しんで下さいって言ってるようなものじゃない。実はアブディエル様の回し者で、実験の邪魔をされないように指示されて来たんでしょ。そうに違いないよ!」

「違います!絶対に!」

「じゃあ、紹介状を書いてくれた天使をここに連れて来てよ。そしたら信じてあげる」

「それは……」


 紹介状をくれたアスタロトは帰ってしまった。アスタロトがそうでしたなんて当人がいないのに言っても、きっと嘘だとケチをつけられる。捜そうにも、予言の天使以外の基本情報を知らないから居場所も特定できない。さっき現れた時に紹介者だと言っておけばよかったと、ハビエルは後悔する。


「あれは偽物だって認めるの?どうなの?それじゃあ、ルシファーに近付いた目的は?アブディエル様の回し者じゃないって言うなら、君は何でここにいるの?」

「あの。それは……」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に、ハビエルは言い淀む。

 どうしよう。俺は本当は未来の人間界から来た人間で、その時代に会ったルシファーから助けを求められたからここにいる、なんて言える筈がない。言っても信じてもらえる訳ないし、余計に疑われるだけだ。

 追い詰められるハビエルは、一体どうしたらこの窮地を切り抜けられるのか必死に考える。ベレティエルはべリエルの審断の正否を見極めようと、無言でやり取りを見守った。


「ルシファー。ハビエルは追い出した方がいいよ。きっとこれからも邪魔をし続ける。アブディエル様に突き返してやろうよ!」


 猜疑心から決め付けるべリエルは、ルシファーに正式に処分してもらおうと主張するが。


「落ち着けベリエル。ハビエルが誰から紹介されたかも不明だが、君が言うことにも証拠はないだろう」

「そうだけど。でも!」

「君は他人を疑い過ぎだ。私を慕ってくれているが、私だけが正しい者ではない。もしかしたら、神から独立をしようとしている私が、天界で一番の悪者かもしれないぞ?」

「そんな訳ないじゃない」


 次第に、べリエルを諭すルシファーの口調が変わる。


「ベリエル。君のその両目で、ちゃんとその者の本質を見極めなさい。斜めからではなく正面から見ないと、勘違いをされ酷い扱いを受けることは、君が一番わかっているだろう。ハビエルを君と同じにするつもりか?」

「……でも。だって」

「君はここに来て変わった。だから、他人を偏見で見ることもやめられる筈だ。私を信頼してくれているようにできる筈だ……べリエル。私以外にも心を開き寄り添える者を見つけることが、君には必要だ。ハビエルのことも、本当はわかっているんだろう?」

「………」


 ルシファーに諭され口を噤んだベリエルは、またハビエルを見た。眉頭を寄せて唇を尖らせ物言いたげな眼差しを向けたが、視線は床に落とされた。

 ルシファーのおかげで何とか窮地から脱し、ハビエルは安堵する。しかしその反面、心が痛かった。

 ハビエルは、ルシファーを堕天から守りたくて反対した。ベリエルは、ルシファーの意志を守りたくて疑った。どちらも守りたいものがあるからこその衝突と擦れ違いだが、ルシファーへの思いという信念が共通してあることはお互いにわかっていた。




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