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ルシファーはそれを、別れの時までハビエルたちに話すつもりはなかった。しかしどちらにしろ、いずれ明かそうと思っていたことだ。天界を去るその時は、もう迫っているだろう。この場で、その胸奥を打ち明かすことにした。
「……私は以前から、神への帰属意識が薄れている。気付いてしまったのだ。このまま神に従うだけでいいのかと。
私たちは一応、個として存在している。それでありながらその意志は器から乖離し、神の意向に委ねられている。神に仕えることが私たちの当然であり、日常であり、幸福だ。それが、私たちが生まれた時に神から与えられた不変の常識で、定型の意識だ。だがそれを、どうして当たり前だと思い続けていたのだろう。誰もが同じ方向を仰ぎよそ見をしないことに、何故今まで違和感を覚えなかったのだろう。
果たして私たちは、神に尽くし、従い続けるだけの存在でいいのだろうか。勿論、神のお考えは正しいのだと思う。だが私たちは、ただ大命を待ち、目の前に提示された課題を坦々とこなすだけ。これが本当に、私たちの幸福なのだろうか。使命という言葉は、非常に都合がいい。そう言われれば、自分は神から必要とされている、信用されていると思い込める。だから私たちは神に頼る。神に縋る。神に依存する。
神の愛が人間に偏るのを恐怖し、依存性はこれからより増していくだろう。神の影響をより受けやすいアブディエルは、その片鱗だと思う。彼は以前から神の愛の在処を、愛が向けられる先を訴えていた。人間に注がれ続ける愛の全てを自分たちの方に向けさせようと、愛されようと、一心に大命を遂行している。だが、アブディエルは満足していない。その欲望は徐々にエスカレートするだろう。そして、その依存はやがて天界を壊し、人間界を壊す」
世界を壊すと聞かされて、三人は漠然と恐怖を覚える。壊すとは言葉の通り形をなくすことか、混沌とした状態にすることか。
「神への帰属意識の薄れによって、私は神から賜る大命の意図を考えるようになった。神が人間に求める正義、秩序、平等、隣人を愛すること。どの命令も人間を思い、人間界の安寧と存続の願いに繋がっていた。
ところが、近頃の大命は少し意図が違うように思う。神は人間を寵愛している。なのに、人間を悪に育てる結果になっている。議会に一任したとは言え、これは神のご意志とは違う筈。けれど神は止めようとしない。こんな制裁が、人間を愛する神の意志通りだというのだろうか。現在の人間を見て、神は満足しているとでもいうのだろうか。
私は、神が何をお考えなのかわからない。人間をどうしようとしているのか、僅かでも推し量ることができない。あれは本当に、神の意志通りなのだろうか。あれが神のご意向だというのなら、私は疑念を抱かざるを得ない」
ルシファーは最後に、隠していた本懐を告白する。
「私は、神から独立する」
「独立!?」
驚いたベリエルがおうむ返しする。ハビエルとベレティエルは絶句した。
「そうだ。かと言って、人間のように一国の王になりたい訳ではない。ただ、自分の意志で全てと関わりたい。天使とも、堕天使とも、人間とも。天界の常識や、既成概念に囚われない生き方をしてみたい」
独立するということは、神の庇護下から外れるということ。そして、「天使」という枠からも逸脱することになる。罪を犯したと認められなければ、「堕天使」にもならない。
「天使」でも「堕天使」でもない存在───「ルシファー」というただ一つの存在になる。
「……それはもう、決められたことなのですか?」
「私の意志は固まっている」
ベレティエルの問いにも、ルシファーははっきりと答えた。
だから、議会への反発だとわかっていながら、実験を探ることに迷いはなかったのだ。ルシファーは、これが独立の契機だと感じた。神と同等の権限を持つ議会に自分を不穏分子と認めさせ、嫌疑を向けられた時に本懐を隠しつつ天界から離脱できればと考えていたのだ。この契機を逃せば、独立できる機会はない。その時は、潔く謀反を起こして堕天するしかないと。
ハビエルは愕然とする。ルシファーは既に、堕天と等しいことを考えていたのだ。ならば、いくら危険だやめろと言っても首を横に振る筈だと合点がいった。
「これが、私の本懐だ」
ハビエルたちは沈黙する。
明らかとなったルシファーの願望。耳を疑い、これは夢か幻聴かと三人は同じことを考えた。しかし眼前には、本懐を告げたばかりのルシファーが、揺るぎない意志を金と赤の瞳に宿してそこにいる。眼差しが、夢でも幻聴でもないと言っている。
三人はルシファーの意志を懸命に受け止め、僅かな時間の中で自分の所感を構築していった。
「………何考えてるのさ」
三人の中で一番に口を開いたのは、べリエルだった。




