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報告を終えたラジエルは帰り、アスタロトもいつの間にかいなくなっていた。ハビエルの前に現れた時といい、存在感がミステリアス過ぎる人物だ。
ひとまず区切りを迎えたので、帰って来たベリエルに突然の休暇の理由を聞くと、ちょっと嫌なことがあって一人になって考えたいことがあったとしか教えてもらえなかった。ルシファーが自分に愛想が尽きていないかと聞くと、だったら戻って来てないと呆れながら言った。そして、そう思う心当たりがあるんだったら意識を改めて、と付け加えられた。
それから不在中の出来事を報告すると、逃亡中の大罪人のアザエルを屋敷内に入れたことを、暴言を織り交ぜて大いに叱責された。勤仕の務めが果たせなかったハビエルは職務怠慢だととばっちりを受け、ベレティエルはルシファーに放たれた暴言に困惑しながら仲裁した。
ハビエルとルシファーは、一緒になって反省した。そして、いつものべリエルが帰って来たことに、改めて胸を撫で下ろした。
ひとしきり怒ったべリエルには、ハーブティー三杯で何とか落ち着いてもらい、二人は許してもらった。
ここに、志を同じくするメンバーの顔が揃った。一同は応接室のテーブルを囲み、今後の方針の話し合いを始める。話し合うルシファー、べリエル、ベレティエルは同じように腕を組み、難しい顔をする。
「で。これからどう動く?アブディエル様の実験が、人間界の未来に何かしらの影響を与えることはわかった。でも実験は既に動いてる。止めたとしても、完全に影響を留めることはできないと思う。でも、最小限に抑えることはできるかもしれない」
「しかし、止められるのでしょうか。そもそも私たちには、その為の手段がありません」
「そう。証拠がない。現在手元にある情報は、無名の密書と予言だ。だが、密書は送り主が不明故に根拠がなく、証拠としての力はない。ならば予言をと言いたいところだが、未来を聞いたなどと言ってしまえば逆にこちらが裁かれてしまう危険がある」
「そしたら、止めるどころか遊ばせることになるよ」
「多くの同胞が堕天した件も、何か繋がっていそうですが」
「記録が残されていないだけで、事実かどうかの確認ができなければ同様だ」
「では、グリゴリの目撃情報も……」
「もしも研究施設に連れて行かれた事実があったとしても、情報源が罪人じゃあ、突きつけたところで虚言だって言われそうだよね」
「実質、私たちはまだ手ブラ状態と言う訳だ」
「せめて、手土産くらいは用意したいよね」
ルシファーは、グリゴリがアブディエルの実験に使われたのではと一度だけちらりと考えたことは、口にしなかった。それも根拠がない憶測でしかなかったからなのだが、そんな非人道的な手段は行き過ぎた考えだと撤回していた。
「議会の存在意義の根本に関わりそうだと感じ、慎重に調査を進めようと思っていたが、悠長に構えていることもできなくなってきた。アブディエルに、こちらの動きを知られている恐れもある」
「動き出すなら急いだ方がよさそうですが……」
「相手にもされないよね」
三人の口が一斉に閉じられる。
証言や証拠は手に入れたが、仮にアブディエルに提示したとしても、言い逃れをされてしまう程度の効力だ。一番大事な一撃必殺の証拠が欠けたままでは、無手と同じ。無闇にケンカを吹っかけても目を付けられてしまい、そのあとは身動きができなくなり、傍観者となるだけだ。
難儀するルシファーたちは、沈黙を続ける。すると、黙っていたハビエルが口を開いた。
「……あの。ルシファー様に聞きたいことがあるんですが。いいですか」
沈黙していた三人の視線が、話し合いの始めから黙っていたハビエルに向けられる。ベリエルは、また何を言うつもりだと言わんとする表情だ。
「何だい?」
「以前も後悔していましたが、止めたいなら議会を辞める必要はなかったんじゃないでしょうか。議長だった時に、何かやっていたのは気付いていたんですよね。あのまま議長を務めていた方が調査もしやすくて、権限で押さえ込むなりして簡単にどうにかできたんじゃないでしょうか。ルシファー様なら、上手くコントロールできた筈です」
「それはそうだけど。今更そんなこと言ってもしょうがないでしょ」
やっぱりろくでもないことを言い出したと、べリエルは呆れた様子で言い返す。ハビエルは無視して進言を続けた。
「本気で止めたいなら、今からでも議会に復帰すればいいじゃないですか。プライド云々はこの際捨てて、回りくどいやり方でなく直接的な方が最短で解決できます。それもわかっていらっしゃいますよね?」
「ねえ君さぁ。自分の身分わかってるの?ルシファーを困らせないで」
苛立つベリエルは、今にも針を飛ばしそうにしながらハビエルを黙らせようとする。ところがそこへ、ハビエルの意見に同意するベレティエルが加勢し、自身の考えを進言する。
「失礼ながら私も、ハビエルの主張はもっともだと思います。内部から対処した方が、より早く適切に行えたように思えてなりません。議会にお戻りになられた方が、得策かと存じます。色々と善後策を講じる必要もあると見受けられますし、ルシファー様の手腕が必要不可欠では」
「ちょっと。ベレティエルまで!」
味方をつけたハビエルは勢いづき、もはや遠慮はしなかった。
「それに、最高機関に背いてまで暴きたい理由は何ですか。貴方は天界に必要な存在なのに、どうしてそんな簡単に堕天を覚悟できるんですか。流石に堕天はないだろうと思っていらっしゃる訳でもないですよね。多分、そもそも背負う罪とかそんなことは考えてないんじゃないんですか」
「いい加減にしなよ!」
「俺には、見過ごせないだけじゃなくて別に何かあるんじゃないかと、そんな気がするんです。考え過ぎだったなら、無礼を謝罪します。でも。もしも、議会に対する疑念の他に本当の理由があるなら、俺たちにも教えてもらえませんか。ルシファー様の胸奥を」
最善の方法には目もくれず、正義の下に堕天の危険を犯してまで議会の意向に反し、幾度もの説得を断ってきたその意志には、覆らない理由があるのではとハビエルは思った。
覚悟はあると言っても堕天は天使にとって不名誉であり、堕ちたら二度と天界には戻って来られない。どんな身分の天使でも、絶対にしたくないと思うのが普通だ。しかも、天使の長であるルシファーが堕天することになれば、天界全体に多大なる影響を及ぼす。自身の影響力を自覚していない筈がないルシファーが、何故そこまで考えられるのか。
「……ルシファー。あるの?」
ベリエルからも問われる。ハビエルの考えを鵜呑みにする訳ではないし、本当の理由を知ったところで付いて行くに変わりないが、もしもあるのなら聞きたいと思った。
回答を求められたルシファーは、腕を組んで暫く目を瞑った。三人はルシファーに希求の眼差しを向け、答えを待った。
沈黙ののちに目蓋を持ち上げたルシファーは、口を開く。
「……わかった。話そう」




