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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅳ
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9




 ルシファーから現状持つ情報を教えられたベレティエルは、約束通り自分の職務を果たす為にラキアに帰った。志を同じくして協力関係になるかは、回答を延期した。その間、聞いたことは絶対に誰にも漏らしてはならないと堅く禁じた。その程度の忠告で大丈夫だろうと、ルシファーは判断した。

 その後ルシファーは書斎に戻り、机に向かっていた。これまで得た情報である

『大命遂行後の人間の凶暴化』

『アブディエル主導で始められた新たな実験』

『人間の負の感情を集めている』

『研究施設に連れて行かれたと思われるグリゴリ』

 をまとめ、全てが一つに繋がるか否か、その可能性を考察する。恐らく繋がると考えているが、今のところ一つの答えにまとまりそうにない。

 人間の進化や人間界の歴史、人間の思想を研究し、人間をよりよいものにしようとしている研究施設で、その理念に反する実験が行われている。もし元の目的から外れた研究が始まってしまっているのなら、機関の解体の必要もあり得る。

 一房の髪を束ねるリボンを弄りながら、書いたものを見つめるルシファーに、側で伝書鳥にエサを与えるハビエルは問いかける。


「……ルシファー様。どうして、ベレティエル様に話してしまったんですか」


 ルシファーの勤仕なのだからその意志に従うべきだと思っているが、悠仁として危惧することからその真意を聞きたかった。


「ハビエルは反対だったか。そうだな。もしベリエルがいたら、罵声が飛んで来そうだ」


 想像したルシファーは一笑する。自分の気持ちを察してほしいハビエルは、少し眉をひそめた。


「俺たちがやっていることは、議会を敵に回すことになるかもしれないんですよ?議会の意志に反することがどういうことなのか、ルシファー様が一番わかってるじゃないですか。そんな危険なことに他人を巻き込むなんて」

「わかっている」


 ハビエルの抗議にルシファーはそう答え、窓の外を見た。

 青い空では鳥が戯れ、木々の緑の向こうにはさらさらと流れる川がある。互いの存在を許し尊重し合う、穏やかで恵まれた世界。そんな自然を羨むように視線を向けながら、理由を語った。


「議会に疑念や不満を持っている者は少なからずいると、以前から知ってはいた。ベレティエルの話で周囲がどれだけ上の者に不満を抱いているのかを知り、それを浄化しなければならないと感じた。私は議会の真意を明らかにしたい。それは、ベレティエルのような者たちの不満に応えることと同じだ。それができるのは、私しかいない。だが、私一人では何もできない。今は一人でも多くの同志が必要なのだ。議会の形を元に戻す為に、協力し合わなければならないのだ」

「そうですが。でも……」


 ハビエルは言いたいことがあるのに、言えないことが抵牾もどかしい。

 組織を大きくしてしまえば、確実に対抗勢力となる。そうすればアブディエルは見て見ぬ振りはできず、ルシファー側を注視せざるを得ない。その構図を作ることだけは避けたいのに、彼の未来に待つ結末を言えない。未来を教えてはいけない。未来を変えてはいけないのではと。

 ハビエルが抵牾しくしていると、ルシファーはそれを見て取った。


「ハビエル。何か言いたいことがあるなら、言ってもいいぞ。上下関係は気にせず、思っていることを言ってくれ」


 そう言われるが、自然とブレーキがかけられる。本当に言ってもいいならそうしたいが、“ルール違反”になってしまうと明言を迷う。

 言ってしまえば、ルシファーの堕天は回避できる。これからもルシファーが天界にいれば、やがてアブディエルの行動は咎められ、現議会は粛正され、ルシファーを再び議長に押し上げることも可能だ。正しい議会を取り戻した未来の天界は、差別や嫉視が取り払われ、新たな時代を迎えるだろう。ハビエルは、できればそうなってほしいと思う。

 逡巡しゅんじゅんするハビエルを見て、ルシファーは再び口を開く。


「……これは、自分の中の疑念を消す為でもある。疑念が消えない限り、追及をやめることはない。ベレティエルに話したのも、あの憤りの中に心の奥底に潜む塊を感じ、それを放置してはならないと思ったからその思いを汲んだのだ」


 ハビエルたちが真実を知りたがっているのと同じように、いや、それ以上にルシファー自身も知りたいと思っている。誰の為で、何の意味があり、どんな未来を呼ぶのか。

 ハビエルは人間だ。議会と衝突が起きようが、人間界の住人からして見れば対岸の火事だ。このまま放っておいても、人間の彼には関係ない。でも、その火事の中心に助けたい人が行こうとしているなら、ただ見守るだけでいいのだろうか。それとも、火事が大きくならないように水をかけ続ける方がいいのだろうか。

 するとルシファーは、こんなことを言った。


「ハビエル。私はベリエルに親近感を抱いていると言ったが、不思議と君にも同じようなものを抱いている」

「えっ」


 もしかして俺のこと……。

 自分のことがわかるのかと思ったが、一瞬でそうではないと考えを否定した。ここは過去の天界で、二人が出会う遥か昔だ。そんな訳がない。


「私や皆のことを心配してくれてありがとう。だが本当に、いつでも君の意志で私の勤仕を辞めてくれていい。君の未来の為に」


 それじゃあ、ルシファーの未来は?自分の未来は犠牲になってもいいのかとハビエルは口にしたかったが、予想通りの答えが返って来るのが目に見えた。

 人間のままだったなら対岸の火事を傍観できるが、ハビエルは対岸に渡り目の前で起きていることを見ている。既に関係者となり、燃え盛る火をどうにかするべきだと考えている。

 しかし、彼ができることは限られている。火事の火がルシファーに燃え移らないように水をかけ続けるくらいしかできないと、ハビエルは自覚させられた。




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