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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅳ
35/110

8




「……驚きました。私が連れて来たのが、かの大罪人だったとは……」

「本当ですね。俺もびっくりしました。ルシファー様はもしかして、最初から何となく正体に気付いていたんですか」

「ああ。昔、一度だけ顔を合わせたことがあるから覚えていた。一目見て間違いないと思い、話を聞こうと思ったのだ」

「そうだったんですね。でも予想外に、グリゴリのことまで知ることになるとは思いませんでした……あれが本当だとしたら、議会は虚偽の情報を流したということなんでしょうか」


 ハビエルはルシファーに問う。同じく疑うベレティエルも意見を求めた。

 議会はいかなる状態でも───例え議員の中で不正が行われたとしても、事実を包み隠さず公示することを義務とする。それが他の天使たちからの信頼を得ることとなり、天界の安寧にも繋がる。

 議会が真実と異なる情報を公示するなど、前代未聞だ。万が一にも虚偽疑惑が広まれば、議会の信頼は()()()失墜する。議会への疑念は表に出ずとも、募っていくだろう。

 問われたルシファーは、腕を組み思案する。


「更生施設に来る筈だった一部のグリゴリの刑の、直前の変更。刑が執行された筈が、シェハキムに連行されていたグリゴリ……」

「どういう理由でシェハキムなんかに……ルシファー様。これはやはり、」


 あっ……。

 アブディエルの実験と関係があるのかと口にしようとして、ハビエルはハッとした。議会の実験どころか大命のことさえ知らないベレティエルに、わざわざ教えてしまうところだった。ギリギリセーフかなと確認しようとして、視線を動かしてベレティエルを窺った。

 しかし、ベレティエルは語尾で感付いたようで、生まれ付きの険しい顔付きでハビエルとルシファーを見る。


「何かご存知なのですか?グリゴリが何故シェハキムに連行されたのか。もしかして、刑が変更された理由も」


 ハビエルはルシファーと視線を合わせ、目で申し訳ございませんと謝った。勤仕がやらかしたミスに、ルシファーは若干「やったな」という目をする。


「ご存知なのですね」


 ベレティエルの問い質しに、ルシファーは両目を閉じて瞬時に対処を考えた。ハビエルは、ルシファーが上手く誤魔化してくれることを祈る。


「……グリゴリの件は、私たちも驚いた。それ以外のことについても、一切話せることはない」


 ベレティエルは僅かながら議会に疑念を持ち始めているが、自分たちが持つ情報を開示するまでには至らないとルシファーは判断した。しかしベレティエルは食い下がらず、更に問い質す。


「それは、本当に何も知らないという意味でしょうか。それとも、部外者だから話すことはないという意味でしょうか」

「部外者だからということではなく、私たちはまだ何も知らない。これから何かを知ったとしても、もしかしたらそれは、君も私たちも知らない方がいいことなのかもしれない」

「お言葉ですが。“知らない方がいい”とは、逆を言えば、“知らなければならない”ということではないでしょうか」

「ベレティエル。何を聞かれても何も……」

「何か調べていらっしゃるんですよね。どうか私に教えて頂けませんか。私は、グリゴリの刑罰の変更理由を知りたい。アザエルが見たことの真実を。議会が、グリゴリの刑を執行したと一部嘘を吐いた真相を」


 情報の共有を求めるベレティエルの真剣な声に、ルシファーは沈黙する。

 話せば、ベレティエルは協力すると言うのだろう。だから、ハビエルは話すべきではないと思っている。もしかしたらこれは堕天への階段であり、もしベレティエルがこちら側に加われば彼も堕天してしまうかもしれない。これでそうなるとはっきりと言える訳ではないが、ルシファーの堕天を阻止しなければならないハビエルとしては、いざという時に説得できる許容人数で留めておきたかった。

 すると、ルシファーの開口を待たず、ベレティエルはこんなことを話し始めた。


「ルシファー様。私たち能天使が、上級天使から何と言われているがご存知ですか……“無能”です。能天使は、神は自分たちを最初に作り、故に一番愛されていると思い込み、率先して堕天使攻略にあたり他の位階よりも神にアピールしています。しかしその裏では、堕天使に誘惑され堕ちている者が多くいる。だから、仕事ができない無能な空回り集団だと見られているんです」


 ルシファーは言ったことはないが、アブディエルたちが密かに見下して言っているのを聞いてしまったことがあった。

 それは、神の御許みもとで仕えられる別格の存在であるという自覚、そこから生まれる優越感が中級・下級天使を見下すようになっていた。中でも熾天使の他位階への侮蔑が甚だしく、同じ上級の智天使や座天使のことは見下してはいないが、使える手足と思っているのは否めないだろう。


「私たちは、懸命に職務をこなしているつもりです。確かに堕天してしまった仲間はいますが、忠実に職務に取り組む者の方が多くおります。ところが堕天の事実にばかり目がいき、他の者たちの働きは注目されていない。私たちは義務を果たしています。神の期待に応えようと、今も仲間が奔走しています。その本来の働きを見ずに見下すなど、愚視されているようで解せません!」


 ベレティエルは顔を顰め、自分が見てきた仲間の努力を無駄にすまいと拳を作る。その瞳には熾天使セラフィムに対する恨み、アブディエルに抱く不信感が熱く灯っていた。

 天界に密かに存在する、下級天使に対する侮蔑・下僕意識と、上級天使に向けられる遺恨・嫉視。今に始まったことではないが、問題視されてもこなかった。ルシファーが議長だった時に議題に挙げようとしたことがあるが、幾度もアブディエルに「些細なこと」と却下され、議論されることはとうとうなかった。


「私も陰では、同じことを言っているかもしれないぞ」

「ルシファー様はそんな方ではないと、皆が知っております」


 ルシファーは再び沈黙する。今度は少し長かった。ハビエルとベレティエルは、それぞれ別の心持ちでルシファーの発言を待った。

 そして思考がまとまったルシファーは、改めてベレティエルに向いた。


「……ベレティエル。君の好きにするといい。だが、本来の職務を怠ってはならない」


 熟考したルシファーはベレティエルの気持ちを尊重するかたちを取り、彼に抱懐と現状を話した。

 ハビエルは、ベレティエルが同志になるのを勤仕としてただ見守るだけだった。ベリエルが帰って来たら、串刺しにされそうだと思いながら。




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