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ベレティエルの話が一区切りした時、ドアがノックされ、怪我人を看ていたハビエルが入って来た。
「失礼致します。目を覚ましました」
怪我人の意識が戻ったらしい。ルシファーは話を聞く為に、ベレティエルも一緒に怪我人がいる客室へと向かった。
部屋に入ると彼はまだ横になっていて、ルシファーに気付くと上半身を起こそうとした。しかし、肩から背中にかけて負っていた怪我の痛みで顔を歪めたので、ハビエルが駆け寄り、起き上がろうとする身体を支えた。
ルシファーは、ベッド脇にある椅子に腰掛ける。と、すぐに、彼の首にタトゥーがあるのを確認した。
「大丈夫か?傷が痛むだろう」
「いいえ。平気です。さっき、勤仕の彼から話は聞きました。ご迷惑をおかけしてすみません」
「気にするな。当然のことをしただけだ」
「ベレティエルも、ありがとう」
ハビエルから話を聞いた彼は礼を言った。感謝されたベレティエルは、首を横に振った。
「では。目覚めて早々申し訳ないが、いくつか質問していいか?」
聞かれた彼は無言で頷いた。その表情は固く、凛々しい眉を寄せてできた僅かな皺は、傷の痛みからくるものではなさそうだった。
「名前は?」
「アザエルと言います」
「アザエル……って。ルシファー様」
ハビエルは、アザエルの正体に気付いた。同じくベレティエルも。
アザエルは、人間界に大洪水を起こさせる原因となったグリゴリの統率者の名だ。人間界から天界へ移送中に逃走を図り、公安部が必死になって捜した人物だ。しかし、だいぶ前に確保され、仲間に遅れて処刑された筈。なのに何故か、アザエルと名乗る人物が三人の目の前にいる。
ハビエルはベレティエルと顔を見合わせた。しかしルシファーは、アザエルだと名乗られても驚きも戸惑いもせず至って冷静だった。
「グリゴリの統率者で間違いないな」
「はい。二百人の仲間と共に人間界に降り、人間の娘と交わり、様々な知恵を与えました」
「何故こんな所で倒れていたのだ」
「公安部から逃げている途中に、矢を受けて負傷しました。ですが何とか逃げ果せ、地を這ってでもルシファー様に会いたいと思ってやって来たのですが、いつの間にか意識を失ってしまったようです」
「あの。ルシファー様」
怪訝な表情のハビエルは側に寄り、腰を折って耳元で話しかける。
「これは、どういうことなのでしょうか」
「私にもわからない。情報と真実が違うということ以外は」
「それに大罪人ですよ。こんな腰を落ち着けて話をする相手では……」
「それはわかっている。少し私に時間をくれ」
ルシファーは最初から、彼がアザエルだとわかっていた。顔を知っていたからだ。
昔、周りに勧められて、アザエルに一度だけ調度品の製作を依頼したことがあった。位階は下級だが金属加工の腕は一級品なので、ごく一部の上級天使には評判だったのだ。だからグリゴリの一員だと知った時は、ルシファーは残念に思った。
アザエルとは品物を受け取る時に顔を合わせており、夕日色の髪をした容姿も覚えていた。その彼は罪人の証であるタトゥーを刻まれ、既に堕天した筈だった。公式文書でも処刑は知らされたのに、何故ここにいるのか。それを探る為に、話すつもりでいたようだ。
「何故、逃走など無茶なことをした。そんなことをすれば、刑執行の猶予など与えられないのだぞ」
「自分に猶予なんかないって、最初からわかってます。それなら何をしようが同じなんで、仲間を助けに行こうと思いました」
「だが、マティの牢獄には誰もいなかった。既に事後だったんだろう」
ところがアザエルは、夕日色の髪を揺らしながら「いいえ」と首を横に振った。
「僕も判決は知っていました。でも仲間は、まだ堕天していませんでした。僕は見たんです」
「何を見た」
「シェハキムに潜伏していた時、公安部によって何処かへ連行されて行く仲間たちを見たんです」
「シェハキムで?それはいつの話だ」
「確か……大命の影響だかで変化した人間のことで騒ぎになる、だいぶ前でした。それに見かけたのは全員ではなく、二十人くらいでした」
それって……戒めよっていう大命が遂行される前ってことか!?
ハビエルは感知し、同様にルシファーの眉頭がぐっと寄せられる。ベレティエルも、あり得ない事実に驚いた。
グリゴリの刑は執行されたと、確かに以前公示された。もしアザエルの証言が本当なら、事実と一致しないことになる。
まさか、あれは嘘だったのだろうか。それとも、不測の事態で執行が延期されたのだろうか。それに、罪人を収監する牢獄は、第五層マティか公安本部の地下に一時的に拘束する牢しかない。そんな施設がないシェハキムに連れて行く理由は、全くない筈だ。それとも、グリゴリに何かしらの処置を施してから刑を執行したのだろうか。
目撃されたのが、グリゴリの一部だけというのも気になる。他の仲間は何処にいるのだろう。目撃された二十人は、奇跡的に処刑を免れたのだろうか。だとしても、何故そんな所へ連れて行かれたのか。ルシファーの眉間に皺が深く刻まれる。




