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ルシファーは暇だった。
もとい、多忙の日々から解放され、時間を持て余していた。天使の長と言っても統御議会議長のように仕事はないので、広過ぎる庭の散歩や、いつもはベリエルに任せていた伝書鳥の世話をしてみたり、椅子に座ってぼーっと外を眺めるが、それだけでは時間は潰せなかった。事実上「無職」同然なので流石にそれはまずいと思うが、しかしどうしたものかと考えるに留まっていた。
そんな時に、ルシファー宛に職務依頼の書状が届き始めた。皆、フリーになったルシファーと共に職務に従事するチャンスだと思ったのだろう。議長でなくなっても、ルシファーは頼られる存在に変わりないようだ。
執務室の伝書鳥が待機する枝には数羽が留まり、満員電車状態になっている。その風景に癒やされつつ、ハビエルが届いた書状を一通ずつ読み上げていく。
「第二層のラキアからは、『軽犯罪を犯した者たちを、ルシファー様のような偉大な天使に更生させてほしい。』と来てます」
「うーん……確かラキアでは、植物や生物の遺伝子研究が行われてたな。そっちの方が興味あるな」
「研究所からは来ていませんね。と言うかあそこ、かなり地味で人気がないって有名ですよ?」
「私は、案外悪くないと思ったんだがな。相思相愛ではなかったか」
「次は。第五層のマティからは、『看守長をして頂けませんか。』って来ていますが」
「罪人たちの看守か。あそこは暗過ぎて、雰囲気が悪いんだよな。気が滅入りそうになる。他は?」
「えっと。第四層マコノムは、『エデンの園は、ルシファー様の居場所に最も相応しい場所です。永住されるのでしたら大歓迎です。』」
「確かに相応しいけど、ただの宣伝じゃない。ふざけてるのかな」
外の掃き掃除当番からいつの間にか戻って来ていたべリエルが、眉頭を寄せて不機嫌そうに言った。肩に伝書鳥を乗せて。
「あそこには別邸があるし、時間もできたから久し振りに行こうか。ハビエルは、まだ行ったことはなかったな」
「はい」
別邸ってことは、別荘みたいな感じかな。ルシファ 外ーなら別荘も凄そうだな。
上級天使の中には、マコノムに別邸を持っている者もいる。ハビエルは、軽井沢の森の中にありそうな木造の建物を想像した。
「ボクはあっちの方が好き。ここより地味で落ち着くし、そんなに広くないから掃除しやすいし。ねえ。もう大した仕事もしてないんだし、引っ越さない?」
「そうだな。官公庁に出向くことも殆どないだろうし、向こうを本邸に変えてもいいかもしれないな」
そうなると、こっちが別荘か?いやいや。こんなの、庶民からしたら王族の家だよ。別荘って、リフレッシュしに行く場所だろ?ここじゃ落ち着かないって。
軽井沢からヨーロッパにスケールアップされて、庶民のハビエルの想像力は置いて行かれた。
「あとは……次が最後です。ゼブルの裁判所勤務者からですね。『総責任者に興味はございませんか?』と来てます」
「……これ、天下りじゃない?」
「そうだな。それに、いくら責任者のザフキエルが慕ってくれているとは言え、議会を辞めた私なんかが就いたらいい気はしないだろう」
「そうだね。ザフキエル様に黙って送って来てそうだし」
「届いてる依頼は以上です」
「ご丁寧に各所から来たけど、みんな遠慮というものを知らないのかな」
先日、依頼状第一弾を担当したべリエルは口を尖らせる。肩に乗っていた伝書鳥は何かしらのオーラを感じたのか、飛び立って仲間と合流した。
わざと垂らした髪を束ねるリボンを弄りながら、不満足そうにルシファーは唸る。
「どれもそそられる内容じゃなかったかな」
「ラキアの依頼が一番まともだったと思いますけど」
「更生施設かい?でも、また別の噂が生まれそうで気が進まないな」
これまでの経験を生かすなら罪人の更生や看守長は適任のような気はするが、働きたいとは思えないらしい。統御議会の議長は神から指名された為、自分で職を選んだことがないルシファーにとっては初めての職探し。まず、自分が何をしたいのかを明確にすることから始めた方がいいのかもしれない。
「因みにもう一通来てるけど」
べリエルは、持っていた書状を開いて読み上げる。
「『私たちにやるべきことを教えて下さい。』第一層シャマインの天使たちから……」
読み終わったと同時に、眉間に深い皺が刻まれる。
「最下級のくせに厚かましい!こんなの無視だよ無視!」
べリエルは丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
「どうしてベリエル様が怒るんですか」
「察してやってくれ」
ハビエルは言う通りにし、総括して「厚かましい」からなのだと察した。
べリエルは、気軽に職務依頼を送り付けて来る無作法な神経が許せないらしい。折角の見目を崩したまま、一人掛けソファーにどすんと腰を下ろした。
「みんなルシファーが議長辞めた時は大騒ぎしたくせに、切り替え早いし無遠慮過ぎ。特別な存在なのは変わらないのに。ルシファーにはもっと相応しい椅子があるんだから。統御議会の議長は、ルシファー以外には絶対務まらないと思ってたのに」
「ベリエル……」
むくれながら密かに抱いていた本音をベリエルは吐露した。本人も言うつもりはなかったらしく、少し気不味そうにする。
「もうっ。本当に、何で辞めちゃったのさ!そんなバカな人じゃなかったでしょ!」
べリエル、本当は嫌だったのか。でも、ルシファーの意志を尊重して……。
ルシファーの勤仕になり、自分のステータスが上がったことはべリエルの自慢だった。ようやく周囲を見返すことができて爽快だった。だからと言って、ルシファーから「統御議会議長」の肩書きがなくなったから、自分のステータスが下がると考えている訳ではない。ましてや、興味が薄れた訳でもない。ただ、統御議会議長はルシファーにしかできないと思っていたから、何より残念で、寂しかった。
「……本当にすまない」
ルシファーが改めて謝ると、ベリエルのむくれた顔も萎んでいった。
「もういいよ。今更どうにもならないんだし」
彼自身も言っていたが、主が決めたことならば勤仕はどうこう言えない。普段は暴言も吐ける間柄でも、議長としての苦悩をずっと見てきたから余計に言えなかった。
それに、本人の自覚がないところで、ルシファーのことを「主」とは別の認識を持っているのかもしれない。だからむくれたのだ。




