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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅱ
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 予定を前倒しにしたグリゴリの二回目の裁判が始まり、堕天の判決が下された。処刑も速やかに行われ、その後、公示された。

 そして、難航していたアザエルの捜索は、公安部の懸命な働きの甲斐あってその身柄が確保された。これで全てのグリゴリが捕らえられたことになり、アザエルの裁判も近々行われることとなる。






 議事堂の議長室に、ミカエルが訪れていた。室内には良い香りが漂う。アブディエルは植物が好きで居館の庭でも種々育てており、室内の所々に花瓶を置いている。ほのかに香る天然パフュームのおかげで、執務をしながらリラクゼーションができる部屋となっている。


「よかったな。グリゴリ事件の最後の容疑者を確保できて。オレも安心した」

「私も安堵しております。足取りが全く掴めず手懸りもなかったので、もう少し時間がかかるかと思いましたが。公安部がよく動いてくれたおかげです」


 アブディエルは、ミカエルにお茶の用意をしている。お茶に使うハーブも自家栽培で、使う種類もアブディエルセレクトだ。


「アザエルの処刑が終われば、グリゴリ事件も一件落着か。もうあんな大事件は起きないでほしいものだ。大命遂行に支障が出てかなわないからな」

「統率者のアザエルも指導者のシェムハザも、罪を犯す前の評判は悪くなかったのですが。他の仲間も元々はまともだった筈。恐らく、人間界の気に()()()()()のでしょう」

「今回の事件は、本当に残念な結果だよな」

「ええ。神は、こんな事態になるなど想像もしておられなかった筈。それだけ人間界は、天使われわれにとって危険な場所だということです。なのに神は何故、人間に愛を向けられるのか……」


 理解したくても長年理解できずにいる難題に、アブディエルの眉間に皺が寄る。深呼吸でカップに注いだハーブティーの香りを吸い込み、自分の理念を軌道修正するように神への疑問を打ち消した。


「神は、何があろうとも人間を愛する。それが現時点でわかる事実だ」

「……そうですね。神は人間を愛している。神が人間を守りたいのなら、私たちはその意志に準ずる。私がその筆頭であり、私は私にしか成し得ないことを成す。それが、統御議会議長ですから」


 ソファーに座るミカエルは、アブディエルからティーカップを受け取る。雰囲気といい漂う香りといい、厳粛な議事堂内ということを忘れてしまいそうだ。


「何か、大丈夫そうだな」

「何がでしょうか?」

「いや。ルシファーの後だから、プレッシャーを感じているんじゃないかと思ってたんだけど」

「プレッシャーなど感じておりません。私は、ルシファー様を超える存在にならなければいけないのですから」


 アブディエルの表情は、新たな使命を背負わされても自信に満ちている。それ以外にも、固い意志の表れが見て取れた。絶対的な存在感を見せ付けたルシファーの後任というプレッシャーは、最初から全くなかった。寧ろ、やっとこの時が来たと待ち遠しかったのだ。


「精神的な支えは必要ないみたいだな」


 ミカエルがもらったティーカップには、小さな可愛らしい花が浮いていた。勿論これもアブディエルが育てた花だ。なかなか演出が憎いハーブティーを、ミカエルは一口二口飲む。


「と言うことは、議会の運営関係で相談があるんじゃないのか?」

「はい。神から賜った大命のことで」


 それは、『不品行になった人間を戒める方法を講じて実行せよ』という大命のことだ。議会の再編があったりと立て込んでいた為に、未だにどうやって実行したらいいのかを決めあぐねていた。だからアブディエルは、ミカエルに相談しようと呼んだのだ。


「つまりは、歪んだ人間の品行を直せってことなんだろ?知恵を与えただけで変化を成せたんだから、その逆の改化もできそうなもんだけど」

「そう簡単ではないのです。グリゴリが与えた知恵は人間の文明の進化を促しましたが、同時に様々な“欲”を活性化させたのです」


 一度はリセットされた人間界。だが、一掃された筈の芽は知らぬうちに種を飛ばし、落ちた場所で育ち、育ったものからまた種が飛び、あちこちに散らばって遺伝し生育し続けていた。着飾った女は誘惑した男と姦淫かんいんし、男は武器を作っては争いを繰り返す事例が再発し、不敬虔ふけいけんな人間が増加していた。


「人間に惰性と気力という相反する精力が生まれることとなり、生きる上で譲れぬ常習となっています。我々にも習慣がありますから、説明せずともミカエル様にもご理解頂けるでしょう」


 うむ、と頷くミカエルに、自己紹介の時の軽そうな印象とは別の顔が出てくる。サイドテーブルにティーカップを置くと、真剣な面持ちで頬杖を突いた。


「癖と習慣は違うからな。癖は気付かないうちに日頃やっていることだけど、習慣は意識をして始めることだ。人間は後者だ。意識をして始めたことなら断つことは可能だろうけど、だが恐ろしいことに、癖と同種になってしまっている」

「そうなのです。人間は今や知識を発展させ存分に利用し、我が物としています。グリゴリが与えたものは、恐ろしい知恵の実だったのです。種ごと食べてしまったのならば、身体の中で根を張っていることでしょう」

「成る程。知恵を付けた人間には、それなりの知恵を用いなきゃならないか」


 自分が思っていたよりも困難を極めそうだと、ミカエルの表情がより真剣になる。以前のように、神の偉大な力で押し黙らせることは今回はできない。任せられているアブディエルは、どうにかして自分が持ち得る知恵で神に応えなければならないし、何が何でも応えたかった。


「以前の議論を聞く限り、人間について研究してるお前なら何か良い案を発案しそうだけど。何も浮かばないのか?」

「倦ねております」

「参考にできることはないのか?人間の特性とか」

「特性、ですか」

「シェハキムで、何かやってるんだろ?」


 ミカエルは何か知っているようで、ニヤリとしなから聞いた。聞かれたアブディエルは、僅かに警戒心を覗かせた視線を向ける。


「何処でそれを?」

「少し耳に挟んだんだ。研究施設によく出入りしてるらしいじゃないか。警戒するなよ。オレは打開案を模索する為に聞いてるんだ」


 何も意図はないとミカエルはジェスチャーする。

 シェハキムの研究施設は議会の管轄でもあるから、アブディエルが出入りしていたとしてもおかしくない。その研究内容があまり公にされていないから、警戒心を表したのだろうか。

 観念したアブディエルは、短く息を吐いた。


「流石はミカエル様。ご存知でしたか」

「それを応用できないのか」

「そうですね………」


 ミカエルのアドバイスを元に、主な研究題材、もしくは研究中のことを応用できないかと、口元に手を当ててアブディエルは思案する。すると、何かを思い付いた。


「人間に、自らの行いの恐ろしさを体感させることができればいいのですよね」

「何か思い付いたか?」

「ええ。少々面白いことを。必ずや神のご期待に応えてみせます」


 アブディエルの表情に自信が滲み出る。

 新議長としての手腕を周囲に大いに示す絶好の機会に意気込み、アブディエルは大命を果たす為に行動を始めた。




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