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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅱ
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9




「ハビエル。話した通り、私はただの一天使となってしまった。天使の長ではあるが、議長のような大した役職でもない。折角勤仕の仕事も覚えてくれたが、この話を聞いて今後のことを考えるなら辞めても構わないが……どうする?」

「えっ……」


 ハビエルは勤仕に本採用されてだいぶ経ち、時々繰り出されるべリエルのイジメにも堪え、仕事もそれなりにこなせていた。天界の生活も馴染んできて、もうすっかりここの住人のような気がしていた。そんな順調な生活だったのに、突然主から依願退職はどうかと聞かれてハビエルは困ってしまう。


「何だったら、今度は私から紹介状を書こう。顔は広いから、私が紹介すれば誰か雇ってくれる筈だ。それとも、就きたい職務はあるか?もしもそうなら、すぐにでも話を通すが?」

「いえ。そんな……」


 急な転職を勧められても、他の仕事が自分に務まることかはわからないし、知り合いなど誰もいない。名付けてくれた、正体も所在も不明のミステリアス天使もあれから音沙汰はないので、頼ることはできない。そんな状態でここから出て行っても、居場所をなくして放浪者になってしまいそうだ。

 ひょんなことからルシファーの勤仕になり、右も左も分からなかった最初はべリエルから訝しむ目で見られることも多々あったが、勤仕になってからの日々はそれなりに充実していた。やるべきことも、まだ始まってもいない。総合的に考えて、ここで勤仕を続けるのが正解だ。


「……あの。ご迷惑でなければ、ここにいさせて下さい」

「いいのか?」

「紹介して頂いて訳がわからないままここに来たので、ルシファー様の為に何がしたいとか未だにないんですが。折角、本採用してもらったのに勤仕としてまだ何もしていないと思うので、自分にできることを探したいと言うか……本当に漠然とではあるんですけど、とにかく、ここにいたいんです。いさせて下さい」


 ハビエルは、ルシファーの側にいるべきだと知っている。勤仕としての責任感も中途半端で、これからもべリエルにことあるごとにイジメられるかもしれないが、自分のやるべきことが明確になるまではここにいなければならない。


「はぁ?何その中身が何もない理由。呆れるね」


 ベリエルはハビエルを見下すように言った。競争相手脱落の絶好のチャンスだったのにと、さぞ残念に思っているのだろう。

 ルシファーは、ハビエルの瞳を見つめた。


「……ありがとう、ハビエル。では、これからも頼むよ」


 ルシファーはハビエルの意志を尊重した。必要はなくなってしまったかもしれないが、自分に仕え続けたいと言ってくれた思いを冷たく拒否することはできない。


「これからもここで働く気があるんなら、先輩のボクの指示も聞けるってことだよね?」

「はい」

「じゃあ、ルシファーに新しいお茶を準備して。そろそろ飲み終わるだろうから」


 ついでにボクのも、とカップを傾けて空なのを見せられた。何だか、仕事と言うより駒遣いにされているような気がするハビエル。しかし、ルシファーがお茶を飲むペースも把握しているとは、流石は先輩勤仕。ベリエルはここに来てから長いようだ。

 ハビエルは台所でお湯を沸かし、新しいハーブティーをポットに入れて持って来た。先に、ルシファーの空になったカップに湯気を立たせながら注いでいく。するとルシファーは、ハビエルのあるものに触れた。


「そう言えばハビエル。そのブレスレットは?」

「これですか?」


 ハビエルは左手首に、虹色の石が付いたブレスレットを着けていた。天界に来て姿は変わったが、このブレスレットだけはそのまま身に付けていた。


「何処で手に入れたんだい?」

「えっと、これは……」


 このブレスレットは親から譲り受けたものだが、天使を前に親だの家族だの言っても通用しない。天使はそういう“仕組み”があるのは心得ているが、そもそも血を分けることがなく、集団で生活する習慣がない彼らにはその概念がないのだ。だからハビエルは、どう説明したものかと躊躇する。

 すると、目敏くべリエルが突っ込む。


「どうしたの?まさか、盗んだとか言わないよね」

「そんな訳ないじゃないですか!手癖悪くなんかないですよ!」


 べリエルは「ふーん」と疑いの眼差しを向ける。隙きあらば後輩を追い出そうという気持ちは、変えないらしい。

 またべリエルの新人イジメが始まったので、ルシファーはフォローに入った。


「きっと誰かからもらったんだろう。実は私も、似たようなものを持っていたんだ」

「そうなんですか」

「そう言えば、最近付けてるの見ないね。どうしたの?」

「いつの間にか失くしてしまったみたいなんだ」

「あんな貴重なものを失くしたの!?」


 ルシファーの告白に、べリエルは深い溜め息を漏らした。呆れ顔付きで。


「本当にルシファーって、たまにうっかりしてるよね。絶対失くしちゃいけない議員徽章を失くすし。因みに、ボクが知る限りこの前ので三回目ね。あと、送り返す書状を違う相手の伝書鳥に付けて送ろうとしたことも何度かあって、その度にボクが注意してるし」

「あはは。恥ずかしいな」

「そう思うんなら、もう少しちゃんとして。曲がりなりにも天使長なんだからね。ボクたちの前ではいいけど外では……」

「わかってるよ。心配しなくても、外ではちゃんとしてるから」


 何か、べリエルが母親に見えてきた。どっちが主なのかわからないな。

 ハビエルはほぼ毎日二人のこんな掛け合いを見ているが、やはりどちらが主人かわからないと思う。勤仕の力天使が主の熾天使を怒るという光景は、不思議でならない。


「居館でも仕事してるのを見てるから、仕事ぶりが心配と言う訳でもないんだけどさ。でも、一度くらい会議を見学してみたかったな」


 それ、授業参観じゃん。

 口から出そうだったツッコミを、ハビエルはすんでのところで飲み込んだ。


「そのブレスレットは、大切なものだったんですか?」

「べリエルも言ったけど、貴重なものだったからね。惜しいは惜しいかな。だが、拾ってくれた誰かが大切にしてくれているなら、返ってこなくてもいいものだよ」

「ルシファーってさ、あんまり物事に執着してる印象がないよね。だから忘れっぽかったりするのんじゃないの」

「それ、フォローしてくれてるのかい?」

「そのつもり」


 そう返したべリエルだったが、ハビエルにはディスっているように聞こえた。


 この翌日。ルシファーの議長辞職が公にされ、天使たちに波紋を呼んだ。




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