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オルネフォルの軌跡【改稿版】  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅲ
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 開墾されたように木々がない、だだっ広い場所の崖の間際に、石が積まれて造られた塔が立っている。ここが、処刑場ミグダル・ケラだ。

 到着すると、悠仁と同じく見届けるべく、アブディエルが先に来て待っていた。アスタロトは既に、その場からいなくなっていた。

 ルシファーは塔に登る前に、アブディエルの前で立ち止まった。アブディエルの表情が固くなる。統御議会議長としての責務を正しく全うできなかったことを叱責されるのかと、心構えする。自身の過誤を認め、議長の席を下りる覚悟もできていた。

 ルシファーは、アブディエルにこう声をかけた。


「アブディエル。お前に、今後の天界を任せる」


 耳に入って来た言葉に、アブディエルは意想外いそうがいだと表情で言う。


「……私で、宜しいのですか」

「私が辞める時は、君を後任にしようと思っていたのだ。衝突する前からな」


 初めて明かされたことに、アブディエルは更に意想外だと表した。そして、全てが愚かなことだったのだと知った。愚か者の自分が、恥ずかしくて哀れでならなかった。

 ルシファーは最初から、自分を認めてくれていた。それに気付かずに勝手に思い込み、勝手に逆恨みし、挙げ句の果てに天界に多大な影響を及ぼした。天界の柱を失わせた自分こそ罪を問われるべきだというのに、ルシファーは咎めず、許してくれた。

 与えられた慈悲に、アブディエルは胸が詰まる。表情を引き締めると胸に手を当て、かつての上役へ敬意を表する。


「畏まりました。正義に準じた己の意志の声をしかと聞き、本分を果たすべく邪念は捨て、もう何も間違えることなく貴方のような正しい存在になると、ここに誓います」


 アブディエルがそう宣誓すると、ルシファーは首を横に振った。


「アブディエル。私にならなくてもいい。君には、私にはない秀でた能力がある。私よりも真面目で、自身に誇りを持ち、信じたものの為にひたむきになれる。何より、神を愛している……それが君だ。君は私ではなく、本当の君にならなければならない」

「本当の私……」

「君が抱き続ける理想を、これからも忘れずにいてくれ。それが君を君にしてくれる。そして、自分が思い描く統率者になれ。仲間と共に、良き天界を作ってくれ」


 神を愛し、神の愛を欲し、その愛の行方をずっと問い続けていたアブディエル。盲目なまでに愛されることを望んだが故に、人間のように欲望に支配され、いつしか本当の自分を忘れてしまっていた。けれどこれからは、変わらず神を愛し、そして神と同じように人間を愛する純粋な心を取り戻していく。やがて、生まれ変わったその存在に皆が付いて行くだろう。

 もう間違うことのないアブディエルは、ルシファーからの最後のエールをその言葉のまま受け取った。


「……お任せ下さい。その前に、己の過ちをしかと受け止め、それから皆と精励せいれい致します」

「頼む」


 正式に後任を指名したルシファーは、再び塔へ足を向けた。塔の石階段を、見届け人のミカエルと共に登って行く。悠仁は、アブディエルと一緒にその場に残った。

 裁判が始まる前、これまでとは違う佇まいのアブディエルから、危険に晒した件で正式に謝罪があった。誠意を見せてくれたので取り敢えず悠仁の蟠りもなくなり、損に感じていた役回りもチャラにした。

 この場所でルシファーの堕天を見届けるのは、二度目となる。前回は心の準備ができないまま見送ったが、今回は気持ちを落ち着けられていた。ルシファーが天界に戻れないのは残念でならないが、覆しようのない罪過が露になってしまってはどうにもできない。誰が抗おうとも、事実は変わらない。それに、ここで引き留めて天界に縛り付けたとしても、それはルシファーにとっての幸福ではないのだろうと、わかっている。彼の幸福を願うことが、最善なのだ。

 アブディエルも、塔を登って行くルシファーの後ろ姿を無言で見つめていた。私怨の炎がすっかり鎮火された瞳で、偉大な天使が天界を去る姿を焼き付けようとしていた。


「二度もこの光景を見ることになるとは……今日が本当の、『ナフォルオルの日』になるんだな」

「ナフォルオル……どういう意味なんだ?」

「『光が落ちる』という意味だ」

「光……」


 聞いた悠仁はやるせなく、切なくなった。

 ルシファーはどんな時でも向かうべき方向を指し示し、多くの天使たちを導いてくれる光だった。悠仁にとっても、新しい人生の針路を教えてくれた光のような存在だった。その光は目映いものだったが、目を見開いて見ていられる眩しさだった。

 誰からも愛され、誰からも尊敬され、時々相談を持ち込まれたり、うっかりして周囲を困らせる。決して近付いてはいけない遠い存在ではなく、自在に光を操って、遠くでも近くでも同じ光を照らしてくれる。時には正義感で。時には優しさで。例え作られた印象だったとしても、それが彼らにとっての「ルシファー」という存在だった。


 塔の石階段を、二人は淡々と登る。ルシファーのあとに付いて登るミカエルは、その背中に向かって聞いた。


「あのさルシファー。最後に聞いてもいいか」

「何だい?」

「どうして重責をユージンに託したんだ。人間を巻き込むなんて、お前らしくないよな」

「それはまぁ。確かにそうなんだが……」


 悠仁と同じ疑問を投げかけられたルシファーは、言い淀んだ。言っていいものか考えた。悠仁には言っていなかった理由を教えていいものかと、少し考えた。


「……教えてもいいが、絶対に悠仁には言わないでくれよ?」

「…?わかった。約束する」

「……確かに、人間を巻き込むべきではなかった。悠仁に託したのは、堕天使に協力を頼んだその結果、天界と衝突するのを避けたかったというのもある。だが本当は………悠仁を、私の後継者にしようと考えていたんだ」

「後継者って。天使の長か、それに値する地位にってことか?」

「そうだ」


 悠仁が末裔だとわかったルシファーは、自分の代わりに統べる者となってもらい、迷走する天界を治めてもらおうとしていた。アブディエルと同じく“ルシファーの血族”という価値を利用した、自身の影響力を十全に理解した考えだった。


「独立すると言って裁判を利用して天界を離れたが、結局心配だった。だから、私の代わりを作りたいと思ったんだ」

「自分の意志が変わらないから、そう思ったんだな」

「だが、メタトロンを見て言えなくなった。悠仁はもう十分苦しんだのに、更に首を絞めてしまうことになる。危うく自分のエゴで、二人目のメタトロンを生むところだった」


 犯しかけた過ちを告白し、長い階段を登りきった。

 ルシファーは迷わずに塔の突端ギリギリの所まで進み、空しかない方に背を向けた。心地良い風が吹き抜け、黒髪がふわりと流れた。

 二度目ではあるが、一度目とはまるで違う心持ちだった。最初の時は波立つ海の上にいるようだったが、今回は漣の音すらしない白浜に立っているような心持ちだった。全ての荷が下ろされて、翼の代わりに風で飛べそうな身軽さだった。


「ミカエル。色々と奔走してくれてありがとう。君たちの望みを叶えられなくて、申し訳ないが」

「気にするな。もうきっぱり諦めたよ」


 ミカエルは踏ん切りを付けた。ルシファーが必要だと思っていたが、これは自分の拘りだと考え直した。「ルシファーでなければならない」と思い込んで、依存してしまっていただけだとわかった。だからもう、「絶対」だと思っていたことを「絶対」と決め付けることはやめた。これからは自分も、己の意志に従って動いていくべきだと。

 ルシファーは、見送りに来てくれた悠仁の方を少しだけ見た。見上げていた悠仁と目が合うと、微笑んで口を動かした。

 自分の方を見て、ルシファーが何かを言っていた。でも距離が遠くて、口が動いているくらいしかわからず、何を言ったのか悠仁は読み取れなかった。

 でも、何となくわかった気がした。

 塔に吹いていた風が止んだ。ルシファーは目を瞑り、腕を広げ、運命に全てを預けるように身体を傾かせていく。


「じゃあな」


 そして、満足げな心持ちを顔に浮かべ、長い黒髪を靡かせて、堕ちていった。






 こうして、二度目の『ナフォルオルの日』は、密かにヤダティ・アサフに刻まれた。




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