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「ブレスレットを付けているのを見て、あの時の子供の血統だと気付いた。だが、接触することは許されない。自分の正体や、彼の秘密が明らかになってしまう危険があるとわかっていた。だが、それを知っていながら私は悠仁と親しくなり、一緒に暮らすようになった。やがて、自分の周辺を何者かがうろついていることに気付き、議会に命令された公安部が、地獄に堕ちるのを免れ議会の画策を探っている私を捜しているのだと察知した。私は身の危険を感じたと同時に、アスタロトが最初に言っていたのはこのことかと思い出した。
彼が私に子孫を残させたのは、議会の計画を知った私が動けなくなった時、私の代わりに人間界の危機を救う為の“切り札”を残す為だったのだ。全てを理解した私は、計画に関する詳細をまとめたものをPCに書き残した。悠仁がパスワードを隠したメモを見つけ、ファイルを開いてくれると信じて」
その後、計画の追加情報を提供してくれる者と会う為に、ルシファーは東アジアへと向かった。その途中、飛行機墜落事故に巻き込まれ人間の姿でいることができなくなり、本来の姿に戻ってしまった。そこで公安部に発見されて捕まり天界に強制移送されたのだが、今思えば情報提供者の存在は嘘で、公安部が張った網に自分はまんまと引っかかったのだろうとルシファーは語った。
「以上が、私が大罪を犯した真相だ」
「ありがとうございます被告人。原告側の証人、堕天使アスタロト。貴方は、そんな遥か未来の出来事を予言していたと言うのですか」
裁判長ザフキエルは、予言の天使に真偽の確認をする。
「オレも、予言して、驚いた……ルシファー様が、計画を知るのは、わかってた……でも、人間界の危機に、ルシファー様は、何もできないから……だから、協力者が、必要だった……予言では、人間が、ミカエル様といるの、見た。その人間が、ルシファー様の子孫だって、わかった」
数千年経っても変わらないアスタロトのしゃべりはやっぱり聞き取りづらいが、その驚異の能力をまざまざと見せつけられては疑いようがない。ヤダティ・アサフと合わせれば、紛う方なき真実であると証明されたことになる。
「貴方には、この未来のどこまで見えていたんですか」
「全部……計画が、失敗することも、わかってた……」
「アスタロトの予言の意味がこんな遅くになって判明するとは思わなかったが、おかげで人間界を救うことに繋げることができた。だが、人間に子供を生ませた上に子孫の人間を巻き込んだのだから、堕天は相当の刑罰だ。独立の意志がなかったとしても、全てが終わったら包み隠さず明かすつもりでいたから、極刑は避けられなかっただろう」
独立の意志。そして、犯された罪。ルシファーはするべくして堕天したという真実が、明白となった。悠仁が勤仕になった時には既に、天界から離脱する運命だったことが。
「被告の弁護人ミカエル。何かありますか」
裁判長に促されると、唖然としていたミカエルはやっとの思いで口を開いた。
「ルシファーの大罪の真相はわかった。だがアブディエル。お前はどうやってユージンの秘密を……」
「ヤダティ・アサフですよ。ルシファー様が何故この人間を選んで自分の意志を残したのか、少し気になって調べました。裏付けで歴史を遡るのに、大変な苦労をしましたよ」
実際に調査したのはヨフィエルだが、自分が調べ上げたかのようにアブディエルは肩を竦めた。けれどヨフィエルなら、敬慕する上司に手柄を横取りされるなら喜んで譲るだろう。
明かされた事実に驚かされたミカエルだが、その一方で完全に合点がいった。ミカエルが裁判の結果を聞いた当時、ルシファーは自ら堕天を望んだという話だった。しかし、被告人の望みが通されたことが不思議だった。罪人擁護と謀反容疑しか問える罪がなかったのに、当人の望みだからという理由で極刑を下すだろうかと疑問を抱いた。しかも被告人が被告人だったので、それはあり得るのかと余計に腑に落ちなかった。その後、匿ったルシファーから独立の意志を告白され得心したが、判決の裏にも独立の意志の裏にも、この白日の下に晒された事実があったのだと理解した。
まさに、青天の霹靂。ミカエルは、もう望みを叶えるのは無理だと悟った。
その後、ミカエルとアブディエルの弁論が始まった。
ミカエルは、ルシファーの罪人擁護と謀反の無罪を主張した。罪人擁護の疑いは当時から曖昧な証拠しかない為、それについてはアブディエルは訴えを取り下げると言った。
謀反の件は、独立と謀反は全くの別物であり、独立は支持すべきことであると主張した。しかしアブディエルは、独立は自分たちを庇護してくれている神の善意を無下にするという、同情の余地のない非常に愚かな選択だと言い、神を裏切ったことと同等であるとした。重ねて人間と交わった罪を再度強調し、利益目的で子供を生ませ、更にその子孫を意図的に計画に巻き込んだことを言及した。ミカエルは反論に行き詰まった。
原告と被告双方の弁論・陳述が終わり、判決の時を迎えた。両者の主張を踏まえ結審したザフキエルが、判決を言い渡す。
まず謀反の件は、実態を考慮しながらも、天界に多大な影響を及ぼしたことは見過ごせないとして減刑とし、次に罪人擁護の件は、事実が不確かな上に証拠不十分であるとして無罪とした。しかし、その他の嫌疑───人間と交わった件。子孫と接触した上に、天界に関わらせた件。秘匿事項である、天使の存在を人間に認知させる危険を犯した件。そして、重大案件に人間を巻き込んだ件は無視できるものではないとした。反省の色は見えても、罪を犯す意志があったということは罪悪感は極めて薄かったと述べた。
よって、再審の判決は極刑。覆りようのない判決に、ミカエルも不服はなかった。
悠仁は最後まで傍聴席にいた。けれど裁判の内容は、途中から殆ど耳に入って来なかった。
さっきのルシファーの告白は、本当に本当の話なのか。天界に戻りたくないが為の作り話なんじゃないのか。そう聞きたくても、声を出せなかった。何故なら、悠仁には見えていたから。ルシファーの摯実な言葉の裏には、何もないと。返って来る答えは、わかりきっていた。
前触れもなく自分のルーツを知り、到底その真実は受け入れ難い。だって彼の話では、悠仁は議会の計画を止める為に用意された存在なのだ。しかも、アスタロトの予言の通りに行動し、ルシファーの意志を継ぎ、知らずに自身の存在意義を果たしていたのだ。『第二次方舟計画』のように悪意が元の計画ではないものの、悠仁はルシファーたちの思惑で自分が存在していると知ってしまった。
……じゃあ、これからは……議会の計画を阻止したら、俺の存在理由って……?
生まれてからずっと、平坦な道を歩いて来た。途中、明かりのないトンネルに迷い込んだり躓いたりしたが、それ以外は何事もなく安全に進めていた。ところが、その平坦な道は突然通行止めになってしまった。地図にはその道しか書いていないのに。
ふと辺りを見渡すと、そこは鬱蒼とした森の中。コンパスも持たずに、薄暗い樹海にいることに気付いてしまった。果てしない森の中で、悠仁は唐突に行き場を失った。
こうしてルシファーに二度目の堕天判決が下され、形ばかりの再審は幕を閉じた。




