第九十四話 戦略の有効性
「勝てるな」
思わずもれた言葉に、ソフィーナが反応する。
「え!? 勝てる!? あの……今にもゴーレムは負けそうなのですが!」
ソフィーナが差す指の先には、逃げ回るゴーレムがいる。
キメラが猛攻をしかけている。
ブレスだけでなく、巨体を生かした突進や、さまざまなモンスター特有の攻撃が繰り出される。俺たちのゴーレムは逃げ回るだけだ。
「どうした!! 逃げ回っているだけでは勝てないぞ! 臆病者め!!」
グリーズマンの罵声のおまけつきである。
キメラの攻撃に対して、俺たちのゴーレムは絶体絶命の危機にあるようにみえる。
だが、果たしてそうだろうか?
「全ては戦略通りに進んでいる。何も心配することはないぞ」
最初にキメラがブレスを吐いた。
おそらくあれがキメラ最強の攻撃である。融合されたモンスターはみるかぎり、ドラゴンよりも格下ばかり。理論上、ブレスをかわせるのなら全ての攻撃をかわせるはずだ。
ゴーレムには油断など存在しない。
淡々と戦略を遂行している。
「で、でも、今にも倒されそうなんのですが……」
確かにゴーレムの防御性能は薄い。
一撃でも食らったら戦闘不能になる。逆にいえば、未だに無傷ということでもある。全ての攻撃をかわせるようにゴーレムの性能を決めてきた。
キメラの攻撃は大振りにすぎる。
破壊力はあるがかわしやすい。このまま大振りの攻撃を続けるならば、この先も攻撃を食らうことはないだろう。
グリーズマンからは派手に勝ちたいという意思を感じられる。
観戦している教授たちに自らの力をみせつけたいのだろう。
純粋な戦いにおいては欠点に他ならない。
勝ち方を選べるほど、魔法生物の性能に差はないぞ、グリーズマン。
「ソフィーナ。強いモンスターとはどういうことかわかるか?」
「え? ……えっと、あのキメラのように、何でもできることですか?」
ソフィーナは完全にキメラが強いと思い込んでいるな。
巨大で、攻撃手段が豊富。素人からみれば強そうにみえるだろう。
ずっとモンスターと戦ってきた俺の見方は違う。
「違うな。経験上、何でもできるモンスターは強くはない。攻撃の種類を多くすれば、その分1つあたりの攻撃を磨く時間がなくなる」
先ほどのキメラのブレス。
本来のドラゴンを超えてはいるが、劇的に威力が向上しているわけでもない。その他の攻撃は中途半端なものが多い。戦略もなく、バラバラに攻撃しているだけだ。
だからこそ、基礎性能が低いゴーレムでも攻撃をかわすことができているのであった。
俺はダンジョンでの日々を思い出す。
強いモンスターとは何でもできることではなく……。
「1つのことに特化したモンスターこそ強い。磨きぬいた攻撃は、時には高ランク冒険者にも死をもたらすことがある」
ドラゴンならば打撃力と耐久力。その2つを徹底的に磨いたからこそ、強いモンスターと呼ばれているのだ。他のモンスターと融合することは耐久力の方を削いでいる。
固い鱗のかわりにゴブリンやサラマンダーの体がくっついているのだから当たり前のことだ。
「グリーズマンの技術は認める。だが、使い方を間違えたな。技術が戦いの強さに繋がっていない」
もっとドラゴンの長所を伸ばすような改造をするべきだった。
それこそ戦いの舞台を埋め尽くすような威力のブレスを吐けば、ゴーレムはかわしようがなかった。それだけの技術がグリーズマンにはあったはずだ。
他人事ではない。
俺も教訓として記憶しておこう。
独りよがりの技術は、かえって魔法生物の足を引っ張ることになる。利用する目的に合わせて技術をどう使うか、徹底的に考え抜いてこそ強い魔法生物を開発することができる。
グリーズマンは戦いの素人だ。
あるいは権力争いに夢中だった期間が長すぎて、戦いの勘を失ってしまっている。
ゴーレムがキメラの攻撃をかわし続けて、だいぶ時間がたった。
未だにゴーレムは無傷である。
「なぜだ!? なぜ攻撃が当たらんのだ!?」
さすがにグリーズマンも焦り始めている。
全力の攻撃をくり返したせいで、キメラが持つ魔力も減っているだろう。俺たちのゴーレムは逃げ回っているだけなので魔力の消費は少ない。
元々の魔力量がはるかに違うといえ、差は埋まりつつある。
いつも俺たちを見下していたグリーズマンが青ざめている。
自分が負ける可能性をはじめて考え出したのだろう。
「そろそろだな」
わずかにキメラの動きが鈍っている。
人工物だろうが生物は生物。人間でいうことの疲労した状態だ。
それまで逃げ回っていたゴーレムの動きが変わる。
攻撃をかわしながら、キメラに向かっていく。手に持ったオリハルコンの剣がきらめいている。
さあ、反撃の時間だ。
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