第七十二話 教授会
「ナタリア。観察しているだけにしては、あまりにもお前の都合の良いように事態が転がっている気がするが」
「なに、長年学園内で生きていると権力争いの流れというものわかるのです。それにグリーズマン教授が没落したところで私には利益はいっさいありません。学園にふさわしくないものが退場する、これだけです。」
本当だろうか。
ナタリアはグリーズマンの没落を喜んでいるふしがある。手を出してないという話と矛盾はしないが、そのまま言葉を信じることはできない。
この女の本心がまるで読めない。
金や権力が欲しいのではないのだろう。求めているもの、そのものがわからないのだ。まるで暗い海をのぞき込んでいるかのようだ。
「フフッ。私のことを疑うことは、ノエルさんが権力争いを苦手だと自白しているようなものですね」
「そうかもな」
ニュイ専用の奴隷。
これまでの人生を想像することもできない。俺だけではなく、世界中の誰にも理解できないであろう。
同じ奴隷でもソフィーナとは決定的に違う。ナタリアはひどく屈折している。
いや、ソフィーナの方が例外なのかもしれない。あんなに素直な亜人は庶民にもいない。
「ただ、ノエルさんのような人間が権力を持てば、少しは学園も変わるのではないかとは思っていますよ。信じて欲しい……とまではいえませんが」
ナタリアは俺たちに背を向け、建物を出ようとする。
「さあ、行きましょうか。学園の中心へと案内しますよ」
俺とソフィーナが連れてこられたのは、巨大な部屋であった。
500人は余裕で入れる広さである。高価な椅子と机が並べられており、床には赤い敷物が一面に引かれている。
例えるならば、王のいる宮殿のような張りつめた雰囲気が漂っている。
あくまでも例えである。俺は一度たりとも宮殿に足を踏み入れたこともないのだが。
「この部屋は中心の中心。この国の中心は学園です。その学園の中心がこの部屋となりますね」
目の前では、ナタリアの部下であろう人間たちは働いている。
身なりは悪くない、奴隷だとしても、それなりに大切にあつかわれている。
学園自体が非常に裕福な証拠であった。
上が金を持っているからこそ、最下層も多少の恩恵を受けられる。檻の中で暮らしていたソフィーナとはえらい違いである。
「これから何が始まる?」
「教授会ですよ。学園中の教授たちが全員集まって会議をします」
この部屋の広さ。
教授は数百人もいるのか。それぞれが10人以上の部下を持ち、際立った研究を行っている。少なくともグリーズマン級の実績がある。
見張りの兵士や学生も含めると、おそらく数万人は学園に関わっている。
辺境の街よりも人口が多い。王都の中に別の都市がある感じだ。
国の中心を自称するにふさわしい、気が遠くなるような規模であった。
俺たちはまだその一端に触れたにすぎない。
「教授会とは学園でも特に重要な会議だろう? わざわざそこでグリーズマンを没落させるのか」
「はい。とても劇的でしょう? 単純にグリーズマン教授を追い落としたいのはなく、他の教授たちへのみせしめにしたい、という意思を感じますね」
「趣味の悪い話だな。首謀者は誰なのだ?」
今の俺では推測するのに学園の知識が足りない。
少なくとも教授よりも上の地位の人間であろうことは推測できるが、それ以上は無理だ。学園で権力争いをしなければ生き残れないのなら、有力者の名前くらいはおぼえるべきだった。
「フフッ、会議がはじまれば自然とわかると思いますよ」
「わ、私はひどすぎると思います! こんな大勢の人の前で……」
ソフィーナが反発する。
この亜人の少女はとても優しい。たとえ嫌っている相手でも、さらし者にするような行いは嫌なのだろう。
俺の方は別に何とも思わない。
ナタリアのように喜んだりはしないが、会議をながめているだけで勝てるなら最上の結果ではあった。
どんな戦いでも敗北の危険性は常にある。ダンジョンの外では、無理に戦いたくはない。
「そうですね。どうしようもなく悪趣味、救いがたいほど無意味な行為。でも、貴族という生き物は権力争いこそが仕事なものでして」
「……むぅ」
ソフィーナはうなったまま反論できない。
ナタリアとは人生経験の量が違いすぎる。
「勘違いしないで欲しいのですが、私も全てを知っているわけではありません。あくまで大まかな流れを把握しているだけです」
「ではグリーズマンが没落を免れる未来もあると?」
「最高にうまく立ち回れれば。まあ、あの方にはまず不可能でしょうが」
会場の準備が終わったようだ。
ナタリアの部下たちが退出していく。
誰もいなくなった会場は静まり返っている。神々しささえ感じる光景であった。
まるで積み重なった歴史がこの場に体現しているかのようだ。
「ノエルさん。残念ですが、今はまだあなたの席はありません。部屋のすみで私と一緒に見学してもらいます」
「別にいいさ。教授会の席は人から与えられるものではなさそうだ」
重々しく扉が開き、教授たちが入ってくる。
運命が決まろうとしている。
ただし、俺のではなく、グリーズマンの……だが。
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