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第七十話 二度目の犯人への尋問

 俺はグリーズマンと面会した後、再び学園の牢獄を訪れていた。

 俺1人だけで牢獄に入るにはナタリアの紹介状が必要だった。見張りの兵士たちの俺をみる目もまったく違う。尊敬の感情など込められてはいない、異物をみるような視線がささる。


 俺には教授という肩書こそあれど、実際の権力など欠片も存在しない。学園内でぽっかりと浮いた存在であった。



 それでも、黙って大人しくしているつもりなどない。


 この世には許せることと許せないことがある。グリーズマンの行為は許せないものであった。どんな理由があれ、部下を切り捨てていいはずがない。

 上に立つ者の責務を放棄している。なにが貴族だ。なにが学園の誇りだ。


 

 牢獄のドアが開かれる。

 アレックスは以前と同じ姿勢で横たわっている。


 顔を上げる。

 たった数時間でひどくやつれたようにみえる。


「あんたか。また僕をあざ笑いに来たのか? ふんっ、いい気でいられるのも今の内だぞ。教授が僕を助けてくれる。そうしたら……」



「グリーズマンはお前を切り捨てたぞ」



「……え!?」


 アレックスの顔色が真っ青になる。

 もともと顔色は悪かったが、もはや死人のようですらあった。


「う、う、嘘だ。僕はずっと教授に尽くしてきたのに。命令に従っただけなのに。あんたはデタラメを言っている!」


 声がひどく震えている。

 内心ではアレックスも理解しているのだ。グリーズマンのことは俺よりもアレックスの方がよく知っている。グリーズマンは一度も面会にきていない、それが答えであった。



「俺がお前に嘘をいっても何の得にもならないだろ。……さらに過酷なことをいわせてもらうが、もはやお前を助けようとする人間は1人もいないぞ」



 それがグリーズマンとの面会を終えた俺の結論であった。


 グリーズマンは全ての罪をアレックスになすりつける気である。

 ナタリアは外から騒動をながめているだけ。仮に助ける気があっても、奴隷という立場上、その力があるか疑問であった。


 俺も同じだ。

 学園での権力はないに等しい。


「お前にはもう、学園を追放されるしか道は残っていない」



 アレックスの目から涙が流れる。

 学園の職員になれるという時点で、エリート中のエリートである。頭が悪いはずがない。俺の話が真実だと推測できたのだろう。

 

「じゃ、じゃあ僕は何のために必死に勉強してきた? 教授のために働いてきたのも全部無駄だったのか?」



「さあな」


 あわれな姿であったが、心から同情することはできない。

 アレックスには選択肢があった。間違った選択肢を選びつづけたから今の境遇がある。選択すらなかったソフィーナの場合とは決定的に違う。


 誰もがアレックスを笑うだろう。愚かな行為に手を染めたエリートの転落。


 だが、俺だけはアレックスを笑い飛ばせなかった。

たとえそれが、俺に対する嫌がらせの加害者であろうとも。

 俺の人生も失敗ばかりだった。どうして他人の愚かな行為を笑えるのか。俺とアレックスの違いは周囲に応援してくれる人たちが存在していたかどうかでしかない。



「アレックス。お前はこの前の面会で、貴族であることを誇らなかったな。なぜだ?」


 下級といえ、貴族は貴族。

 むしろグリーズマンの言動こそが普通なのだ。前に面会した時、アレックスが庶民を馬鹿にしてもおしくはなかった。


「……僕の実家は貴族の中の最下層。僕たちよりもよい暮らしの庶民たちは数えきれないほどいる。落ちぶれた家を復興される期待を背負っていたのにこの有りさまだ」


「そうか」


「家族の期待を裏切ってしまった。学園を追放されたら、僕にはもう帰る場所すら存在しない。生きている価値もない」



 客観的にみて、アレックスの未来はすでに決まっている。

 学園に正義はなく、醜い権力争いがあるだけ。世渡りの下手な人間から順番に使い捨てにさせられてゆく。

 

 おそらくアレックスは優秀な成績で学校を卒業したのだろう。

 挫折もなくエリート街道を進むはずだと、本人が一番信じてはずだ。あっさりと切り捨てられるなどと考えもしなったに違いない。

 学園にはただの成績優秀な職員など吐いて捨てるほどいるのだった。



「幼いころからグリーズマン教授に憧れていた。世界からモンスターをなくすという夢を共有したかった。でももう無理だ。ああ、夢なんてみるべきはなかった!」


「夢を持つことは大切だぞ」


「どこがだ! 今の僕をみて、なおもそういえるのか!」


 俺からみれば、なおもアレックスが持っているものは多い。

 学園に務めている以上、スキルも持っているに違いない。学園外でも十分にやっていけるだけの能力を持っているはずだ。


 もっともそれも庶民だからこその発想ではあるだろう。

 外の世界で庶民と一緒に働くことは、貴族の誇りが許さないのかもしれない。貴族には貴族の苦しみもある。



「グリーズマンが憎くはないのか?」


「憎くても僕には何もできない。あの人の周りにはたくさんの取り巻きがいる。心からの味方ではないけれど、誰も権力を恐れて逆らえない」



「そうか。ならば俺が代わりに戦ってやるよ。まだ戦い方さえも思いつかない状況だけどな。お前も協力してくれ」


 愕然とした表情で、アレックスは俺を見上げる。



「それとな。確かに俺にはお前を追放から救える力はない。だが、よい再就職先を紹介することくらいはできるぞ」



「な、なぜあんたが俺を助けてくれるのだ? 僕はあんたの建物に放火しようとした人間だぞ?」



 なぜ?

 簡単だ。



「それはな、俺は部下を使い捨てにする人間が大嫌いだからだ」


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どうかよろしくお願いします。

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