第六十五話 犯人捕獲
暗闇に男の絶叫が響いている。
俺の策が成功したようだ。さて、次は犯人の顔をみにいくか。
「ソフィーナ。君はこの部屋に残れ。場合によっては戦いになる可能性もある」
「は、はい。わかりました」
闇に隠れて嫌がらせをする人間に、正面から戦う度胸があるとも思えないが一応のためだ。
あるいは下で叫んでいる男が俺をソフィーナから引きはがす陽動で、本命は……ないな。そこまでするならとっくに襲撃を受けているはずだ。
ソフィーナがベッドの下に身を隠す。
それでいい。荒事は俺に任せておけ。
ドアを開けて、下の階へ降りる。
玄関のドアを開けると、よりはっきりと絶叫が聞こえる。
「痛い! 痛い! 早くこれを外してくれええええ!!」
声からして犯人は若い男のようだった。
必死にもがいているが、簡単に罠から抜けられない。モンスター用の罠だからな、下手すれば骨まで達するような傷を負っているだろう。
相手は複数のはず。
足を挟まれたのは1人か。絶叫が1種類しかないことから推測する。
他の犯人はどこだ?
暗闇の中での戦いになるだろう。昼間よりやりづらいし、逃げられたら顔の確認も難しい。少なくとも1人だけは捕まえたい。自白させれば、動かぬ証拠になる。
相手は目立ちたくはないはず、派手な攻撃はできないに違いない。時間もない。絶叫を上げ続ければ、近所の人間が集まってくるだろう。
犯人たちの居場所を確認しようと周囲を見渡す。
簡単にみつかった。少し離れた場所で炎が輝いていたからだ。
嫌がらせにランプは必要ない。
こいつら建物に火をつけようとしていたのか。
それはもう嫌がらせという段階ではないな。立派な犯罪である。
俺は火の元へ歩き出す。
埋められた全てのわなの位置はあらかじめ把握している。万が一戦いになっても、互角以上に渡り合えるだろう。嫌がらせをするような相手が強いはずがない。
ゴーレムを簡単に破壊できたからといって、調子に乗りすぎたな。
「やばいぞ! 中の住人に気付かれた!!」
「ど、どうすんだよ!? ……に、逃げよう! みつかったら教授に怒られる!」
「待ってくれ! 俺を置いておかないでくれえええええ!!」
ばたばたと犯人たちの逃走の足音が小さく響く。やはり戦いになどならなかった。
嫌がらせをした犯人たちは仲間を切り捨てる決断をしたようだった。仲間を見捨てて逃げるとはクズ野郎としかいいようがない。
嫌がらせをするような人間にふさわしい振る舞いであった。
残された男は必死に逃げようとするが、罠が足に食い込んで逃げられない。もがけばもがくほど、傷を深くするだけだ。
そのままにしておけば血を流しすぎて死ぬ可能性もあるが、ここは学園である。回復系のスキルを持った人間などいくらでもいるだろう。気にかける必要はない。
「やめてくれ!! 痛い! 近づかないでくれぇ!」
「心配するな、殺すつもりはない。だが黒幕の名前は吐いてもらうぞ」
怯えきった声からわかる。
どうせこの男は下っ端だろう。命令を受けて嫌がらせを実行しただけだ。
だが、責任がないともいえない。非道な命令を断る権利はこの男にもあったはずだ。
炎に照らされて、男の顔がみえてくる。
俺よりも若いだろう。身なりもきちんとしている。少なくとも奴隷ではない。
俺は顔を近づける。
他に身分がわかる特徴はないか観察する。
「し、知らない。自白したら学園をクビになってしまう……」
「クビはつらいよな。気持ちはわかる。だが自業自得だ」
はじめてみる顔だ。恨みを買ったような記憶もない。
初対面の他人に嫌がらせをしておいて、捕まったら許しを求めるなど道理が通らない。
罪に応じて罰を受けてもらうしかない。
「拷問を受けないうちにさっさと白状した方がいいぞ。学園の拷問はどんなもの知らないが、たぶんクビよりももっと苦しい目にあうことなる」
男が激しく震える。
はじめて自分の未来を悟ったのだろう。
おそらく男もスキルを持っているが、使えるような精神状態ではなさそうだ。
「う、うあああああああああ!!」
突然、男は身を起こし、殴りかかってくる。
なんとも弱い攻撃である。たぶんこの男、喧嘩すらしたことがないに違いない。
ベキリッ。
俺は拳を受け止め、2本ほど指の骨を折った。
下手にS級冒険者に攻撃したら、この程度の反撃を食らうのは覚悟して欲しいものだ。
反撃できなくなるまで痛めつけておこう。もちろん命にかかわりのない範囲で……だ。
「ぎゃああああああああ!!」
男が痛みで転げまわる。
もはや言葉も発することすらできない様子だった。
指を折られたら素人ならこうなる。なんともあわれな姿であった。少しやりすぎたか?
とはいえ、俺は冒険者以外のやり方を知らない。
交渉でなんとかなる状況でもなかった。暴力でくるならば、暴力で返すのが一番手っ取り早い。
いつまでも冒険者のやり方が通用するとは限らない。
他のやり方も勉強するべきか。勉強するべきことはいくらでもあるな。
ようやく周囲が騒がしくなってきた。
深夜とはいえ、これだけ絶叫を上げたら、寝ている住民も起きざるをえない。
犯人を引き渡し、後のことは事務長のナタリアにまかせよう。
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