第六話 大金持ちになりますか?
「私はですね、ノエルさん。冒険者ほど損な職業はないと思っているのですよ」
席に座るなり、コーネットはそう言った。
俺たちは街一番の高級レストランに入っていた。名前だけは知っていたが、今の今まで一生来ることはないと思っていた。それほどに料金が高い。
普段着のまま来てしまった俺は完全に浮いている。周囲の客は全員が正装である。
いまさら……か。俺には浮いていても失うものなど何もないのだった。そもそもコーネットが連れてきたのだ、責任はコーネットにある。
それにしても冒険者である俺の前で、冒険者を否定するか。
面の皮が厚い。ここまでくると笑ってしまうほどだ。
「あんたがそれを言うか」
「ハハッ、確かに。私たちは冒険者がダンジョンから持ち帰る素材を売らせていただいていますからね。あなたの言うことはもっともです。だがしかし、一方で損だと思っているのも事実」
コーネットは芝居がかった仕草で肩をすくめる。
「有望なスキルを持った若者がダンジョンで死んでいく。実にもったいない。彼らには輝かしい将来があった。」
「冒険者は危険を承知で戦っているのです。他人にあれこれと口を出される筋合いはない」
挑発されているとわかっていても、引けない。
くそっ。言葉で勝負する商人にまんまと乗せられているのか。
「もちろん理解しているとも。私なりに敬意も払っていますよ」
「だったら……」
「それでも、あなたの損失だけは受け入れられません。ただ強いだけでここまで言いません。世界の宝だと考えているからこそです」
コーネットは胸の前で腕を組み、身を乗り出す。
並べられた食事には一切手を付けていない。
「おそらく、あなたは冒険者ギルドでかなりの好条件を提示されたでしょう。だが、我々はそれよりもさらに桁違いの金を提示することが可能だ。それこそ、この街が買えるくらいの金額を出す用意があります」
「俺にそこまでの価値があるはずがない」
「いいや、ある。君は世界に革命を起こせる可能性があるのです」
革命だって? ゴーレムで?
単純労働しかできない魔法生物だぞ。
「我々に協力してくれれば、君の夢は金で買える。例えば世界最高の冒険者を5人ほど雇えば、素人の私でもダンジョンを制覇できる。もちろん街どころか国を買える金額が必要になりますが」
「それこそ夢物語ですね。あなたに冒険者を笑う資格はないようだ」
世界に革命か。
商人は大げさにものごとを語るものだ。お得意のはったりに違いない。
ギルド長クラウスの言葉を信じたのは、信頼があってこそ。この男の言葉は信じられない。
先ほどから、周囲の客がチラチラとこちらをみている。あらゆる意味で俺たちは目立っているのだった。明日には街中で噂になっているだろう。
それもまた、コーネットの手の平の上か。情報戦は商人が最も得意とするところだ。知らず知らずのうちに外堀が埋められているのだろうか。
商人には商人の戦い方がある。
面倒すぎる。俺はダンジョンにばかり入り浸っていて、外の世界のことには詳しくない。
金は大事だ。金がなければ生きてはいけない。
それでも、もっと大切なものがあるはずだ。金では買えないものがあるはずなのだ。
無条件でコーネットの主張を受け入れるのは、俺には不可能であった。理性ではない、感情の問題だ。
「フッ。ノエルさん、そう怖い顔をしないでください。私とあなたは敵ではありません。味方同士ではありませんか」
「敵ではないが、味方とも言い切れないな」
余計な理屈は考えないようにしよう。
要するにコーネットは俺のゴーレム開発で儲けたいのだ。
本当に世界に革命を起こしたいわけではない。商人としての本能に従って俺と対面している。
もしコーネットに協力すれば、大金持ちにはなれるだろう。
冒険者では一生かかっても稼げない金額を手に入れられるかもしれない。しかも命をかけることなく、安全に……だ。片手間で作った技術で大金持ちになる。
本当に。
それでいいのか?
「私が特に素晴らしい技術だと賞賛したいのは、ゴーレムを修理するゴーレムです。昔のゴーレムは高価で、使い捨てだった。あなたの技術によって、初めてゴーレムが一般人の手の届くところまできたのです」
「それも大した技術じゃない」
「そうです。確かに一つ一つは大した技術ではない。しかし、魔術師という生き物は上ばかりをみているものです。一般人など虫以下の存在だと思っているでしょう」
コーネットは小さく息を吐いた。
「本気で一般人でも使えるゴーレムを作ろうとした魔術師は存在しなかった。一般人が作り、一般人が運用し、一般人が修理するゴーレム。まさに革命です」
いまやレストラン中の人間が俺とコーネットを注目していた。騒がしかった雰囲気も消え去り、静かになってしまっている。
「俺は世界に革命を起こすためにゴーレムを開発したのはないぞ」
「今さら……ですね。しかし、ふむ、金では転んではくれませんか。さすがは夢を追う冒険者といったところでしょう。普通の人間なら簡単に飛びついていた条件だと思いますが」
「単にあんたを信用しきれてはいないだけだ」
わずかの間、コーネットは考え込んだ。
「信頼……ですか。では、こうしましょう。私の娘をあなたに差し上げます。そうれば……」
バンッ!!
俺は机を叩いて、立ち上がった。
「どうやら、やはりあんたと組めないようだ。他を当たってくれ」
コーネットは悔しがる素振りもなく、パチパチと拍手をした。
ここで怒らないのは、商人としての格なのかもしれない。
「倫理感も持ちあわせているのですね。素晴らしい。やはり投資するならば、あなたのような人間がいい。ますます欲しくなりましたよ」
レストランを出る際に、コーネットの声が小さく聞こえた。
「絶対に諦めませんからね」
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