第五十六話 教授就任
ナタリアはほほ笑んだまま言葉を続ける。
「名ばかりの教授とは、給料は受け取れますが、誰もあなたを認めません。学生に勉強を教えることもできませんし、部下も応募してこないでしょう。完全に無視され、存在しないも同然のあつかいになります」
ふむ、なるほど。
そうきたか。てっきり周囲全てが敵になると予想していたが少し違うらしい。
俺程度では敵になる価値もないということか。
ゴーレム開発の実績は学園では認められていない。
ろくな学校を出ていないし、冒険者である。貴族に認められる要素がないに等しい。
「ニュイの命令には逆らえない。だが命令にないことは、いっさいの協力を期待できないということか?」
「その通りです」
正直に話してくれるだけでありがたい。
ナタリアは味方ではないが、言葉は信用できるかもしれない。少なくとも敵ではなさそうだ。
学園には仲間も、知り合いさえいない。まずは学園内で生き残るための情報を集めなくてはならない。
一応、王都周辺の街でも聞き込みをしたものの、成果は乏しかった。学園は有名ではあるが、中の情報はもれてこない。表に出せない研究でもしているに違いない。
「ニュイ様に頼ろうとしても無駄ですよ? あの方が今どこいるか誰にもわかりません。めったに学園には帰ってきませんから」
「元より頼るつもりなどないさ」
あの女は生きる災害である。
災害に何かを期待する人間はいない。どう考えても普通の人間には手に余る存在である。
自分の学園に帰って来ないとは、とんでもない無責任さではある。だがニュイが気まぐれで無責任だからこそ、俺が学園にいるのも事実。真面目な性格ならば、俺を学園に誘うはずがない。
奇妙な縁が俺をここまで導いた。ソフィーナとの出会いも同じことだ。
「要するに実力で認めさせればいいのだろう?」
「実力……ですか。学園にはこの国の最高の頭脳が集まっています。あなたにできますか?」
「やる以外に道はない。話は簡単だ」
俺は庶民である。
今さら貴族にはなれない。仮に金の力で、強引になったところで教養と礼儀作法を知らない。1から勉強している時間もない。
認められるためには圧倒的な実力が必要になるだろう。それこそ世界を変えるくらいしないと。
……面白い。
燃えてくるじゃないか。この程度の逆境は最初から覚悟していた。
むしろあっさりと歓迎される方が奇妙だ。
「笑いますか。まあ、それくらいでないと学園では生き残れません。ここは権力と金、欲望が渦巻く魔物の巣です」
「自分の職場なのに悪くいうのか」
「ええ、真実ですから」
ナタリアは毒舌家らしい。
毒舌家で事務長がつとまるのか謎だ。よほど有能なのだろう。エルフに毒舌。他にもいろいろと裏を持っていそうだ。
それにしてもナタリアの態度には、俺たちを馬鹿にするものがない。
ナタリアは貴族ではなく、庶民なのか。着ている服も豪華ではないし、アクセサリーもつけていない。大抵の貴族の女はじゃらじゃらとつけているものだが。
現時点での待遇はおおむね納得がいくものだった。
少なくとも今日寝る場所はある。給料が出るならば食うに困ることもない。
明日からゴーレム開発を始めよう。実績を積み重ねていけば、いずれ認められるだろう。
ところが、1人だけ納得していない亜人がいた。
「どうしてご主人様がひどい目にあわなくちゃいけないのですか? 納得できません」
ソフィーナは細かく震えている。
怒りが緊張を吹き飛ばしたようだ。俺をかつての自分と重ねているのか。あるいは単純に俺を心配している可能性もある。
もちろん気持ちは嬉しい……が。
「ソフィーナ大丈夫だ。この程度の試練はむしろ歓迎する」
「でも……」
ソフィーナと出会って5日ほど。
少しは仲間らしくなってきたかな。奴隷のままだったら俺のことを心配などするはずがない。
「ご主人様? あなたは奴隷なのですか?」
これまで事務的に接してきたナタリアの態度が微妙に変わる。
奴隷という言葉に反応したようにみえた。
「は、はい。いえ! 違います。私はもう奴隷ではありません」
「なるほど。ノエルさんがあなた解放したのでしょうか。……なぜですか?」
なぜですか、とはこちらが聞きたい。
ソフィーナは学園の仕事とは関係ないはずだ。ナタリアが質問する意味などない。
「いい仕事をしてもらうためだ。奴隷のままでは創造的な能力は発揮できない、仲間でなくては。ついでに俺は奴隷制度が嫌いという理由もある」
「青臭いですね。理想を追求しすぎると、いつか痛い目にあいますよ」
そういわれると思っていた。
王都では俺の考えは受け入れられない。生まれた時から奴隷が身近にいた人間は、奴隷制度を否定しようなど思いもしないのである。
仮に言い争っても平行線のままだろう。
良い悪いの話ではないからだ。
「しかし、素晴らしい。あなたに肩入れしたくなりますよ」
「え?」
「え?」
俺とソフィーナは同時に疑問の声を上げた。
どうしてナタリアが俺のことを褒める? ここは王都の中心、奴隷制度の中心だぞ。
「フフッ。理由は簡単。私自身が奴隷の身分だからですよ」
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