第五十話 スキルの使い方
「身体強化」スキルを持っていたのならば、最初から使え。
俺の方が不利になるにもかかわらず、奴隷商の男をしかりつけたくなる。最初から使われていたら今よりも確実に苦戦していただろう。
すでに戦いの局面は1対1へと突入している。
人数の有利さは消えて去ってしまった。
「身体強化」スキルの説明は簡単である。文字通り全身の筋力と耐久力を向上させる。どれくらい上がるかは人によって違う。
効果が単純ゆえに使いやすい。前衛職が持っているスキルの中では一番多いだろう。
もっとも俺自身は「身体強化」スキルを持つ相手とは戦い慣れている。
相手がスキルの使い方を工夫していればいいが、あまり期待できそうにない。
「どうした? さっさと攻撃してこいよ。剣を構えて震えているだけでは俺には勝てないぞ?」
「お、お、お前は何者だ!?」
だから、戦いが始まる前に聞けよ。
そうすれば戦い自体を回避できたかもしれない。商人と客、戦いが始まる前は平和な関係だった。平和な関係のまま別れられたはずなのに。
奴隷商が利益を追求しすぎて商人をやめた時から、破滅は始まっていたのだ。
「何者だろうが、結末は変わらない。攻撃してこないならこちらから行くぞ」
俺はあえて手を下げて、上段にすきを作る。
誘いである。たぶん相手が適当に剣を振り回しても勝てるだろうが、攻撃を受ける可能性もなくはない。できれば無傷で勝ちたい。戦いが終われば王都への旅を続けるからだ。
薬草くらいは持っているが、即座に体を回復させる品物は持っていない。痛みを抱えながら歩くのはごめんだ。
奴隷商の男は絶望に表情が染まっている。
すでに精神的に負けているのだ。これもまた、殺し合いへの経験不足が原因だろう。
実は能力だけに限れば、2人の間にそれほど差があるわけでもない。むしろスキルだけ比べれば、相手の方が有利である。
経験の差があるだけ。勝ち目は残っているのに生かせない。素人たるゆえんである。
「う、うあああああああ!!」
奴隷商の男が剣を振りかぶる。
振りかぶったまま突撃してくる。それなりに早い。「身体強化」スキルが効いているのだった。
全てが思い通りとなった。今回の戦いはあまりも圧勝でつまらなかったな。
戦いがつまらないという感情は冒険者特有のものだろう。純粋な戦闘者には不要な感情である。
戦闘者として、俺自身も決して完璧ではないのだった。
いかに速くとも、力あろうとも、読めている攻撃をかわすのは簡単だ。
余裕で剣をかわしながら、オリハルコンの塊を顔面に叩き込む。男は剣をかわされた時のことなど何も考えていなかったのだろう。まともに攻撃を食らう。
いかに「身体強化」スキルでも、突撃に合わせて反撃を食らえばひとたまりもない。そもそもスキルの能力を耐久力に割り振っていたのかも疑問だ。
操り人形の糸が切れたように、男が倒れる。
うつ伏せに倒れたまま動かない。完全に沈黙している。
戦いには勝った。
それほど喜びはない。負ければ殺されて地面に埋められていたとはいえ、勝って当然の相手だからだ。この戦いは弱い相手が、相手の実力を見極められず、自爆した。それだけの話だ。
交渉で戦いを回避する方法もあったとは思うが。俺は冒険者だ、叩きのめした方が簡単でいい。交渉の能力など持ってはいない。
ただ、俺にとってはつまらない戦いでも、ソフィーナにとっては違ったのかもしれない。
「や、やったのですか……?」
「ああ、やったよ。彼らが君を奴隷に連れ戻すことは二度とないだろう」
これで少しでも過去を忘れて、前向きになってくれれば。
成り行きだったが、結果的に奴隷商に復讐をすることになった。復讐なんてあまりいいものではないが、単に盗賊を叩きのめすよりは意味を持たせられるだろう。
「あの。どうして奴隷の私に優しくしてくれるのですか?」
「元奴隷だ。今は奴隷から解放されている。君に優しくするのはスキル目当て。もしスキルがなかったら、そもそも君を買うこともなかった」
俺は正直な気持ちを口に出す。
この場で誤魔化してもしかたがない。
ソフィーナは複雑な表情する。
喜んでいいのか、悲しむべきなのかわからないらしい。猫耳が揺れている、どういう感情が反映されているのはわからない。
出会ってまだ2日しかたっていないからだ。いつかは理解できる日がくるのだろうか。
本来ならば、すぐにこの場を離れるべきだった。
奴隷商の仲間が来るかもしれないし、血のにおいをかぎつけてモンスターが襲ってくるかもしれない。
だが、もう少しだけソフィーナと語り合ってみたい。
「人間とは自らの幸福を追求するために生きている。俺の場合はダンジョンの制覇が目的だ。君の目指す幸福がなんなのかわからないが……」
ソフィーナが顔を上げて、俺の目をみる。
出会ってはじめて目を合わせたのもしれない。まだまだ視線は弱いが、迷いはなかった。
「俺と一緒に王都に行けば、得られるものは多いだろう。大金があれば幸福を追求するのも楽になるらしいぞ」
「……あなたが良い人なのか悪い人なのかわかりません」
「それは君自身が決めてくれ」
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