表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/206

第五話 大商会からの誘い

 冒険者ギルドを出ると、暖かい日の光が街に降り注いでいた。

 もう朝というより昼に近い。結構な時間をギルドで過ごしていた。


 ギルド長クラウスの申し出は保留にさせてもらった。しつこく食い下がるクラウスを断るのに苦労したが、さすがに即断はできない。

 自分の人生がかかる選択である。慎重に決めたい。ただ、少なくとも誰にも求められず、田舎に帰らなければならない事態には追い込まれなさそうだ。だいぶ気持ちが軽くなっている。


 近い将来リリィさんにわーわー言われるのだけは、ちょっとだけ気が重い。ちょっとだけだが。



 街は相変わらず賑わっている。

 商人に運搬人に、大人に老人。街の中心部だから、むしろ賑わっていない方が少ないくらいだ。

 

 一つだけ違う点、というか、いまさら気づいた点がある。

 馬車を引いているのがゴーレムだということだ。正確には、馬とゴーレムが半々くらい。今日特別にゴーレムが多いというわけではないだろう。

 人間は見たいものしか見ない。ダンジョン制覇するために頭がいっぱいで街の様子などくわしく観察したことはなかった。これほど目立っても注意しなければ気がつかないこともあるのだ。


 

 俺はゴーレムに歩み寄り、見上げた。

 ゴーレムには大きなものから小さなものまで種類は多い。この場にいるゴーレムは俺の身長よりも高いものがほとんどだ。馬車を引くためには体格を大きくする必要があるのだった。


「大したものだな」


 思わず感嘆の声がもれた。


 確かにこのゴーレムたちは俺が設計したものだ。魔法生物を動かす魔法陣には開発者のくせがある。魔法陣を読み解けば、どの開発者に影響されたかがわかるのだ。このゴーレムの魔法陣は俺が設計したものとまったく同じであった。

 間違いなく俺の設計ではあるのだが、実際にゴーレム自体を作ったのは俺ではない。

俺が副業で作ったのは全部で20体程度だった。副業では製作に裂ける時間にも限界がある。



 つまり街にいるゴーレムは俺の設計したものを、誰かが設計図どおりに複製したものなのだ。どれくらいの数のゴーレムが存在しているのだろうか。下手すれば4桁を超えるかもしれない。


 ゴーレムを開発するための技術は重要だが、大量に複製するのには別の技術は必要だ。職人と呼ばれる領域であり、敬意をおぼえざるを得ない。



 クラウスの言っていたことは正しかった。いつの間にかゴーレムはこの街に欠かせぬものとなっていたようだ。


 ダンジョンに入り浸っていたから気がつかなかった。なんとも情けない話である。


 

 馬鹿みたいだ。

 世界は広かった。俺が思っていたよりも、はるかに。




「ノエルさん。少しお時間をいただけませんか?」


 喧噪の中に、男の声が響いた。

 振り返ると豪華な馬車が止まっていた。窓が少しだけ開いている。中にいる男が俺に声をかけたらしい。


 馬車をみるだけで、中にいるのが誰かがわかる。

 ダンジョンがある街だから、大金持ちもそれなりの数が存在している。ところが、乗っている馬車は人により異なっている。まるで豪華さを競っているかのように。

 加えて、中の男とは多少の付き合いもある。


 この街最大の商会を率いているコーネットだ。

 


 俺がゴーレムの設計を請け負ったのもコーネットの商会である。もっとも対応してくれた人はコーネット本人ではなく、部下の方だったのだが。いちいち冒険者の副業に付き合うほど、コーネットも暇ではない。


 商会はゴーレムが街中で使われているのを教えてくれなかった。別に文句はない。副業としてはかなりの報酬を貰えた。そもそも当時は副業がなければ生活できなかった。ありがたいと思っている。


 とはいえ、冒険者ギルドに対するほどの信頼はない。あくまで金を払う払われる関係だ。

 単に俺自身が冒険者だからなのもしれないが……。



「レストランを予約してあります。一緒に昼食でもどうでしょうか? ああ。もちろんお代はこちらが払わせていただきますよ」


 積極的に食事を共にする理由はないが、さりとて断る理由もない。パーティーを追放されたばかりで、仕事もないし。

 

「……ゴーレムの関係ですか?」


「ええ、そうです。フリーになってギルドから勧誘されたそうですね」


 さすがに情報が早い。

 そうでなければ全国にまたがる商会の支店長などしていられない。

 なんだか今日という日は、街の有力者に誘われる日だ。嬉しいといえば嬉しいが、昨日までただの冒険者だった身からすれば、違和感の方が強い。



「ふぅ。まるで夫に離婚を思いとどまるように説得する妻になった気分ですよ。しかも原因は私たちの方にある。泣いてすがるしかないという現状です。商人として情けない限り」


 コーネットも俺を勧誘に来たらしい。

 街でゴーレムがこれほどまでに使われているならば、売れば莫大な利益が見込める。子供にでもわかる理屈だ。



 クラウスはギルド長だったから、夢を語った。

 コーネットは泣き落としでくるようだ。商人といえば商人らしい。個人的にはあまり好きにはなれない。そもそも策謀をめぐらすようなことは嫌いなのだ。


 ダンジョンの中では、何が起こっても法律は適用されない。

 だからこそ冒険者は信頼を大切にする。少なくとも俺はそうありたいと思っている。



「私がしばらく街を離れていたのが、致命的でした。もっと早く帰ってきていれば争奪戦にはならなかったものを。残念です」


 馬車の扉が開いた。

 温厚な初老の男性。顔は笑っているが、目だけは笑っていない。

 全身を高級な品物で包んでいる。



「それでもギリギリ間に合いました。どうでしょう、私と組みませんか?」


「商人になれと言うのか?」


「そうです。私と組めば大金持ちになれますよ。それこそ、あなたの夢が買えるくらいには」



 これだから。

 商人は好きになれないのだ。


ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。

どうかよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] テンポがよく、とっても読みやすい! 面白いです! まだ途中ですが、続きを読むのが楽しみです!
[良い点] 文章に無駄がなく、洗練された印象を受けました。展開が早く、小説で一番大事なスピード感があって羨ましいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ