第四十六話 ノエルの暴挙
「よぉ、兄ちゃん。昨日の夜はお楽しみだったかい?」
奴隷商の男は、俺をみるなり笑いかけた。
親しみを感じているわけではなく、金を払った客に対する義務的な笑みであった。人間を商品としてあつかっている男が優しいはずもない。
「その商品は俺たち間でも一番人気だったんだ。手をつけようとする奴が大勢いたよ。もちろん商品価値が落ちるから止めたが。男としてうらやましい限りだ」
ソフィーナは俺の後ろで震えている。
よほど奴隷商の男が恐ろしいのだろう。ここでどんなあつかいを受けてきたのか、ある程度は想像できる。逃げ出そうとしないだけで褒めてやりたい。
「で? 今日は何しに来たんだ? ああ、商品の返品には応じられないぜ? 処女でなくなったら、商品価値が大幅に落ちちまうからな」
「ソフィーナのいる前で下品な言葉を吐かないでくれないか?」
「ああ?」
仮面がはがれるように、男の表情が変わる。
ふてぶてしく、暴力的な性格が顔に出てくる。こちらの方が本性だろう。こちらも下手に善良な商人のふりをされるより対面しやすい。
「あのさぁ、きれいごとはやめようぜ。お前だって美少女を買ったんだろう? 俺たちと同じさ。自分だけ上品ぶるのはやめろ」
上品ぶっているつもりなどない。
俺にだって性欲はあるし、他人にはみせられない下品な部分もある。合法的な商売をしている以上、奴隷商の男を否定しようとも思わない。冒険者だって人々から嫌われている職業の1つだ。
ただ、ソフィーナに対してだけは誠実でありたいだけだ。
スキル目当て、というのも事実であるが、それだけではない。共にゴーレム開発をする人間にはできるだけ優しくしたいのだ。
仲間だから。仲間に対してひどいことをする者はいない。パーティー内でもめごとが起こるのは、仲間だと認めていないからだ。
俺は善良な人間ではないが、善良な人間でありたいと願っている。
「では、今日だけは上品な行いさせてもらおう。ソフィーナの首輪を外してくれ。奴隷から解放する」
ソフィーナの首輪は特別製だ。おそらく魔術師が作ったものだろう。
無理やり外すと体を痛めかねない。最悪、死ぬような魔法陣が書かれている可能性さえある。
無理やり命令を聞かせるのだ。
それくらいの強制力が必要になってくる。
「はぁ?」
信じられないようものをみたように、男の口が開く。
「おいおい、冗談はやめてくれよ。どこの世界に大金で買った奴隷を、次の日に解放する奴がいるんだよ」
「金は払った以上、文句はないはず。奴隷をどうしようが主人の勝手だろう?」
「逃げられるに決まっているだろ! 馬鹿じゃないのかお前!!」
逃げられない自信は一応あることあった。
ゴーレム開発は莫大な富を生む可能性がある。将来への希望があれば、人は逃げ出したりはしない。ましてや大金持ちになれるならなおさらだ。
ソフィーナも逃げ出す先がないだろう。1人でさまようよりも、俺と一緒にいたほうが圧倒的に利益になる。
……冒険者というよりも商人の理屈だな。
それに万が一逃げ出されても、それはそれでいい気もする。
全財産を失って、猫耳の亜人を助けた。悪くない金の使い方だろう。幸いにも俺は冒険者だ。小銭を稼ぐ手段はいくらでもあるし、金がなくとも生きていく方法を知っている。
「……チッ。わかったよ。理屈は通っている。そいつはあんたの所有物だ。おい!! 首輪を外してやれ!」
建物から男たちが出てくる。
その中の1人がソフィーナの首輪に手をかける。彼が首輪を担当している魔法使いなのだろう。
奴隷商の男を含め、全員がいらだったような表情をしている。
今すぐ戦いとなることはないが、だいぶ嫌われてしまったらしい。いけすかない正義を振り回す人間だと思われているのか。
俺は苦笑する。行為が行為だからな。奴隷を解放する王子様、おとぎ話にそんな展開があったような。
ゴーレム開発のことを話しても、理解してくれないだろう。
どうせ夕方には離れる街だ。嫌われたままでもかまわない。どうせ明日には俺のことなど忘れているに違いない。
「お前、貴族のお坊ちゃんか? 世間というものを知らんとみえる」
「そう思うか?」
俺が着ているものは粗末な服。古びた靴にぼさぼさの髪。
貴族とはかけ離れているだろう。おまけに教養もあまりない。
「……みえないが、奴隷を買う大金を持っていた。金持ちには違いない」
「残念ながら、生まれた時からの貧乏暮らしでね。昨日はたまたま大金を持っていただけだ。また明日から金儲けの方法を考えなくてはならない」
「金持ちはみんなそう言うんだ」
ぎろりと俺のことをにらんだ。
最初のころとは態度が真逆になっている。
「いいか、若造。甘いことばかりしていると、いつか後悔することになるぞ」
「どんなことが起きようとも、後悔だけはしないさ」
元パーティーを追放された時とは違う。
全ての可能性を覚悟して行動しているからだ。
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