第四十五話 朝食と奴隷解放
次の日の朝。
宿屋を引き払い、朝食をとるため食堂にきていた。
店内はそれなりには混んでいる。
席に着くなり、俺はソフィーナに向けて言う。
「まず俺のことをご主人様と呼ぶのをやめてもらおうか」
目指すのは対等な関係である。
ゴーレム開発からの利益も半分、責任も半分だ。それこそパートナーというもの。奴隷のように一方的に奪う関係は仲間とは呼べない。
冒険者のパーティーで一番長続きする方式でもあった。1人が利益の大半を持っていってしまうと、いつか破局が訪れる。元パーティーのように。
ソフィーナは無表情でうつむいたままだ。
「どうしてですか? 私は奴隷ですよ? ご主人様が命令を下されば、何でもしますから」
全てを諦めきったような感情が伝わってくる。
この猫耳の少女は感情がないわけではない。過酷すぎる境遇に適応するため、自ら感情を殺しているのだった。
奴隷としての生活がどうようなものだったか、俺には想像することもできない。冒険者の生活は死と隣り合わせだったが、少なくとも飢えることだけはなかった。それに俺は自ら冒険者となったのだ。
奴隷とは決定的に違う。
パートナーうんぬんよりも、まずはソフィーナに信頼してもらうことを優先するべきか。
「そうだな。俺たちがこれから手をつける仕事は奴隷ではつとまらない。勤勉さよりもひらめきを必要とする仕事だからだ。見返りがあってこそ、人は懸命に働く」
辺境の街の職人たちも、彼らが奴隷だったのなら、協力してくれなかっただろう。
戦闘用ゴーレムを開発した時の一体感。あれが理想だ。家族のような関係をソフィーナとも築きたい。
「ゴーレム開発を成功すれば、君は大金持ちになれる。俺は冒険者だからダンジョン制覇に向かうが、君は自由に生きるといい」
「でも……でも私には首輪があります。これがあるかぎり奴隷です」
ああ、忘れていた。
その首輪は主人の命令に逆らうと、電流が流れるのだったか。
ならば、次にやることは決まっている。
元より言葉での交渉は苦手だ。行動で決意を示せるなら楽でいい。
「では朝食を食べ終えたら、奴隷商の元へ行って、首輪を外してもらおう」
俺はソフィーナを買った。
奴隷から解放する権利もある。誰にも文句は言わせない。
国への手続きなどもありそうだが、それは王都に到着してからでもいいか。
ソフィーナはぼうぜんとした表情をしている。
何か言おうと、口を開いた瞬間に、頼んでおいた朝食がきた。
パンに、野菜のたくさん入ったスープだけと質素な食事だ。別に金がないから節約しているわけではなく、庶民の朝食とはこういうものなのだ。
「あ、あの、本当にこれを食べていいのですか?」
「もちろんだ」
言ったとたん、ソフィーナが手づかみで、がつがつとすごい勢いでスープを食べはじめた。
お椀の隣にはスプーンもある。庶民でもふつうはスプーンを使う。現に周囲の客で、手づかみでスープを飲んでいる人間は1人もいない。
次はパンにかぶりつく。
その姿は亜人ではない本物の猫……いや、犬のようだった。
お腹が減っていたのか。気がつかなかった。
昨日の夜は色々と疲れてすぐに寝てしまった。今度からはちゃんと三食をとらせよう。
ソフィーナの細い体では、旅をするための体力が足りないに違いない。もう一人前注文するべきか。
いつの間にか客たちがソフィーナを注目している。
中にはクスクスと笑っている人間もいる。
「はむっ……はむっ……はっ!」
ようやくソフィーナは自分のおかれている状況に気がついた。今や食堂中の注目の的だ。
真っ青になってうつむく。
「あ、あ、すいません。こんなご馳走を食べていいと言われたのは、生まれてはじめてで……」
この朝食がご馳走?
普通の、正確にいえば普通以下の食事だぞ。肉も魚もなく、パンとスープがあるだけだ。粗末な食事で我を忘れるほど喜ぶとは。
ソフィーナがどんなあつかいを受けてきたか、実感として理解する。
感じるのは、底なしの孤独。
誰にも愛情を与えてもらわなかったに違いない。
俺ではソフィーナの孤独を癒すことはできないだろう。人の孤独を癒す方法など知らない。
できるのは、ソフィーナのそばにいてやることくらいだ。
「いいよ。たまには手づかみで食事するのも悪くない」
「え?」
俺はスープの中に手を突っ込む。指先が熱いが我慢できないほどではない。
野菜をつかみ、口に入れる。美味い。どうやら俺も腹が減っていたようだ。
街の中ではさすがに少ないが、ダンジョン内では手づかみで食事することもある。食べるものがなくて、モンスターの肉を食べたことすらあるのだ。
今さら俺が上品ぶってもしかたがない。
周囲の客たちはますます笑っている。
笑われることには慣れている。冒険者は無謀な夢を追っている。普通の人間にはとても理解できないことをしているのだった。
「どうした? 一緒に食べよう。今日はやることがたくさんある」
「は、はい」
俺たち2人は食事を続ける。
笑いたい奴には笑わせておけ。俺たちには俺たちなりの道がある。
どうせ今日の夕方には街を離れるのだ、気にする必要もない。
食事が終わった時。
ソフィーナの目から一筋の涙がこぼれた。
あえて涙の理由は聞かないことにする。
協力はするが、なぐさめ合ったりはしない。それが冒険者の流儀というものである。
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