第四十二話 ソフィーナの事情①
この世にあるのは絶望だけ。
全てを諦めてしまえば、楽になれる。
私は奴隷用の檻の中でうずくまっている。
ここが私の家だ。他の場所は知らない。ここで生まれ、ここで育った。誰かに買われるために育てられたのだった。
でも家に住めるのも今日限り。さっき私は男に買われたからだ。
私は奴隷の間で生まれたらしい。らしいというのは両親の顔も知らないからだ。生まれた時からの奴隷。それが私。
今両親が何をしているのかはわからない。たぶんとっくに死んでいるだろう。死んでいなくとも、私のことなんておぼえてはないに違いない。
買われた後、私はどうなるのだろうか。
それもわからない。わからないけど、心を殺せば楽になれる。それだけは確かだ。世界は絶望に満ちている、希望など持つから打ち砕かれる。
はじめから希望など持つべきではないのだった。
私の命に価値はない。
牛や豚と一緒なのだから。
「なぁ、こいつ犯してもいいか? 今日で最後なんだろう?」
檻の前で世話係の男が言った。
どれだけひどいことを言われても心は動かない。全てを諦めきって、感情を殺しているからだ。
私は何もしない。何もできない。何もしなければ、殴られることもない。
もう一人の男が答える。
こっちの男は長い間ここで仕事をしている。私がここに来た時から世話をされている。
「馬鹿野郎! まだチンピラ気分が抜けないようだな。犯してどうする、商品価値が下がるだけだろうが。俺たちは商人だぞ? その辺の犯罪者とは違うんだ」
「だってようぉ。こんな上玉もったいないじゃないか」
チラチラと私をみる視線が刺さる。
昔は死ぬほど嫌だったけど、今はもう何も感じない。
「勝手に犯したら、客か支店長に殺されるぞ。高級品を買える客はそれだけ大金を持っている。当然、権力もある。女を抱きたければ娼婦にしろ」
「……でもよぉ」
「何度も言っているだろう? 俺たちはまっとうな商人だ。暴力は最小限。使うにしろ、ここぞという場面、大金が稼げる時に使わなくてはならん」
そう言って、男は檻の扉を開ける。
首に繋がれた鎖を引っ張って、私の外に連れ出す。私の目をみている。なんの感情もこもってはいない
「わかっているとは思うが、お前のつけている首輪は逆らったら電流が流れるようになっている。逃げようなどとは考えるなよ」
私はコクリと頷く。
逃げ出す気力などはるか昔に消えていた。
すぐに年長の男はもう1人の男の方へ向き直る。
この人たちにとって、私は人間ではないのだ。家畜と同じあつかいだ。
「しかたがねぇ奴だな。じゃあ今度もっと興奮できることに連れてってやるよ。奴隷狩りだ。そこでなら犯し放題、殺し放題だ」
「ほ、本当ですか!? やったぁ!!」
「下手に奴隷に手を出されるよりましだからな。俺だってかわいい後輩が惨殺されるのをみたくはないさ」
男たちは笑いながら私を引きずる。
「奴隷狩りに参加したら、こんな小便くさい女なんて抱けなくなるぞ。病みつきってやつだ」
大勢の奴隷たちが檻の中で私をみている。
ただ、みているだけだ。視線に力はない。私と同じく感情が死んでいるのだ。
奴隷として売られるのを待つということは、体は生きていても、心は死んでいくに等しい。
建物の出口まできた。
太陽の光が差し込んでいる。この先に新しい主人が待っている
「ま。次の主人が優しい人間であることを祈るんだな。今よりもましな生活が送れるかもな。もちろん悪くなる可能性もあるけど」
男たちはニヤニヤと笑っている。
私は何にも期待はしない。
祈ったりはしない。
どうせ希望など、打ち砕かれるに決まっているからだ。
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