第四話 ギルド職員になる選択肢
「二人きりになったな。これで思う存分君を説得できる」
ギルド長クラウスは不敵に笑う。
リリィさんは通常業務に帰っていった。ギルドの受付がいないと、新米から腕利きまで、あらゆる冒険者が困ることになるからだ。もっとも不満たらたらだったけれども。
再び会話の機会を設けることを何度も念押しされた。毎日会っているのだから必要ないと思うのだが。
俺はギルド内でもっとも豪華な応接室に連れられていた。
この部屋は貴族や国王たちをもてなすための部屋で、一般人はまず入れない。噂だけは聞いていたが本当に実在していたとは知らなかった。
冒険者の荒々しい生活とは別世界だ。別世界すぎて、逆にうらやましいとも感じないが。
「さて、もう一度言おう。我々冒険者ギルドはどうしても君が欲しい。できることは何でもするつもりだし、君の要求も最大限に飲むつもりだ」
「……なぜそこまで。俺が副業で作ったゴーレムが原因ですか?」
それ以外、考えられない。
この街にはダンジョン制覇を目前にしている冒険者パーティーもあるが、これほどの待遇は受けられない。まるで自分は王族にでもなったようだ。
浮かれるよりも警戒が先に立つ。12年も冒険者をしてきたのだ、うまい話には裏があることくらい経験的に知っている。
「そうだ。君の作ったゴーレムは世界を変える可能性がある」
「しかし! 俺のゴーレムには特別な性能はありません。せいぜい重いものを持ち上げたり、馬車を引きずる程度の仕事しかできません。普通の人間ならば、誰でも作れる魔法生物です」
空も飛べなければ、人間の言葉を理解する知能もない。
ゴーレムよりも役に立つ魔法生物など山ほどいる。冒険者である自分が開発したのだ、複雑な機能を持たせられるはずかない。
俺はまともな学校に行った経験がない。ゴーレムの作り方は全てが我流だ。王都あたりには専門の学者がいて、素晴らしい魔法生物を開発している。
強みがあるとすれば、「土操作」スキルしかない。もしスキルがなかったならば、開発しようとすら思わなかっただろう。
「普通。普通……か。君の言う普通とは、普通の魔術師のことだろう? 私の言う普通とは、魔術を知らず、スキルもない普通の人のことだ」
「……っ!」
「誰でも作れて、使えるゴーレム。最初は我々も甘くみていたよ。技術自体は目立つものではないからな。ところが今や、この最大の産業はダンジョンではない、ゴーレムの製造だ」
……嘘だろ。
ダンジョンがあるだけで街が成り立つとまでいわれている。それよりも俺が作ったゴーレムが金を稼げる産業になっている?
「信じられないのなら、実際に街の様子を見てくるがいい。ゴーレムが人々の暮らしに溶け込んでいる。住民を導くような能力の高い人間はいるが、本当に街を動かしているのは普通の人間だということが理解できるだろう」
「……そうさせていただきます」
「我々の方こそ、君のゴーレムに目を開かせてもらったよ。偉そうにしていた過去の自分を殴りつけたい気分だ」
クラウスの笑みに複雑な色が混じっている。
自分の不明を恥じるように頭を振る。
「君が冒険者として成功したいと願っているのは理解している。だからこそ、これまでは声をかけるのを遠慮していたのだ。ところが今や、馬鹿なメンバーのおかげで君はフリーだ。ぜひとも君の協力が欲しい」
自分の作ったゴーレムが世界を変える姿を想像しようとする。
無理だった。冒険者の世界に浸りきった俺には、世界の仕組みが実感としてないのだ。モンスターや魔法に関しては詳しいが、世界の未来などに興味はなかった。
もしギルド長クラウスの申し出を受けたらどうなるだろうか。
本格的なゴーレムの研究となると、この街ではなく、王都にある本部で働くことになるのだろうか。それともこの街でゴーレムの数を増やすのを手伝うことになるのか。
「我々が目指す最終的な到達点としては、ゴーレム達だけでダンジョンを捜索したい。制覇できれば最高だ」
なんだって。
俺のゴーレムでは性能的に不可能だし、それに……。
「冒険者自体が不要になるのでは!?」
「君こそ知っているはずだ。毎年、膨大な数の冒険者がダンジョンで死んでいる。ギルドとしてはどんな手を使ってでも犠牲者を減らしたい」
冒険者に犠牲は付きものだ。
俺ですら、これまで何十回も死にかけている。今生きている自体、運が良かっただけという見方もできる。危険は極めて大きいが、その分ダンジョンを制覇した時には莫大な栄光が得られる。
俺はそう割り切っていたが、クラウスは犠牲をなくしたいと考えているようだ。ギルド長という立場では冒険者をみる景色も違うものにみているのだろう。
「現状のゴーレムの性能では、ダンジョンの制覇など夢のまた夢ですよ。せいぜいゴブリン程度の低級モンスターと戦うのが精一杯です」
「わかっている。だが、いずれ君ならばできると確信している。ゴーレム製作に革命を起こした君だ、値段が安く、高性能なゴーレムを作れる。より安全にダンジョンの捜索を、中年男の見果てぬ夢だよ」
美しい夢。
だと、不覚にも思ってしまった。
「君ならば私たちの夢を叶えてくれると、ギルド職員の全員が思っているよ」
しばらくの間、無言の時間が続いた。
俺は迷っていた。
ギルドに務めるのが正解なのだろうか。ギルド職員になれば生活は安定するだろうし、パーティーに見捨てられるようなこともない。
その一方、ギルド職員になれば冒険者やめなければならないだろう。期待されているのはゴーレムの開発であり、冒険者の腕ではないからだ。
ダンジョン制覇という無謀な夢は諦めて、別の夢に向かうべき時なのだろうか。
わからない。そもそも正解などないのかもしれない。
「ところで、ノエル君。君はダンジョン捜索の分け前をいくらぐらい貰っていたのかい? 曲がりなりにもS級パーティーだったのだから、ギルドが払った金は相当なものだったのだけれど」
「月に5000ゴールドほどです」
「5000ゴールド!? それでは生活さえできないだろう?」
だからこそ副業が必要だったのだ。
金に関してはとっくに諦めていた。俺はパーティー内での雑用係でしかなかったからだ。取り分が少なくてもしょうがないことだ。
生活のために始めたギルドに副業が評価されるとは、人生何があるのかわからないものだった。
クラウスは苛立った様子で舌打ちした。
「まったくあの連中は、どこまで無能をさらせば気がすむのか。無能と幼なじみだったことは、君にとっての最大の不幸だったな」
「いえ、そんな……」
「もしギルド職員になれば、金銭面は保証しよう。そうだな。給料は元パーティーの100倍は払うつもりだ」
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