第三十六話 誘いの断り方
「決まりだね。実に刺激的な日々になりそうだ」
ニュイは空中に手を伸ばす。
指を動かすと、光の線が空中に描かれる。
さらさらと光の線が描かれる。
しばらく後、光の線は一枚の紙へと実体化した。
なんだ、あの魔法は。みたことも聞いたこともないぞ。無から実体を生み出している。
「よしよし、これでいい。君はこの書類を持って学園に来てくれ」
紙を受け取る。
感触は普通の紙そのもの。光っていた文字も黒くなっている。
ようやく実感がわいてきた。
即断しすぎたのかもしれない。
という想いが、今さらながら湧いてきた。名門学園の教授など、冒険者からもっとも遠い職業に違いない。
それでも、不思議と後悔だけはなかった。
理性と別に、本能が進むべき道を決めてしまったとしか考えられない。人にはあらかじめ進むべき道が決められていると聞いたことがあるが、これも同じなのだろうか。
俺が王都で適応してくとなると。苦労の多い日々が続きそうだ。
……退屈だけはしなさそうではあるが。
「んじゃ。王都で待っているよ。またね」
次の瞬間。
あっさりとニュイは消えた。瞬間移動の魔法を発動したのだ。
どこへ行ったのか。世界でも救いにいったのかもしれない。
残された痕跡は一枚の書類のみ。
それ以外はきれいさっぱりと消えている。
まるで。
夢をみていたようだった。
冒険者ギルドの建物内には多くの人間が集まっている。それでも誰も口を開けない。現実感がないのだ。この辺境の街に世界最高の魔術師ニュイが現れたなんて。
それほどまでにニュイは桁違いの大物であった。この街で権力争いなどをしていることが馬鹿らしくなるほどに。
「すごいじゃないですか!! あのニュイ=レブナントから誘いを受けるなんて!」
リリィさんが駆け寄ってきて、腕を掴む。
満面の笑みである。この人には笑顔がよく似合う。
「たった一人で国を滅ぼせるという! 何度も世界を救っているという! 大魔術師ニュイから誘いを受けるなんて信じられません!!」
俺だって信じられない。
パーティーを追放されて以来、信じられないことの連続だ。
「……。でもいいのですか? ニュイの誘いを受けるということは、ギルド職員にはなれないということになりますが」
「うぐぅ!?」
体は1つしかない。皆の誘いを同時に受けるのは不可能である。
俺はもうニュイに返事をしてしまった。必然的に他の3つの誘いは断ることになる。皆は決闘に協力してくれた。心苦しいものがある。
「そ、それはまずいですね。かといって伝説の魔術師からの誘いなんて、一生に1度のことだし。でもノエルさんを取られるのはギルドの未来が……」
リリィはおろおろする。
助けたいが、こればかりはどうにもならない。
「しかたがありませんよ。格が違いすぎます」
ギルド長クラウスが歩み寄ってきた。
それほど暗い表情はしていない。ギルド長としての自信を取り戻したようだ。普段の威厳のある姿に戻っている。
「冒険者ギルドも全国に支部があり、規模の大きい組織ですが、存在感はニュイ1人にさえおよびません。ましてや所有している学園も加えたら、宮廷と軍隊に次ぐ大きさになるかもしれませんね」
「そ、そんなにすごいのですか? 冒険者ギルドよりも?」
驚きの表情でリリィが聞く。
冒険者や職員にとって、ギルドよりも大きい組織があるなんて想像しにくい。ギルドの力を毎日実感しているからだ。
どちらの存在感が大きいかなど、雲の上のできごとに他ならない。
「ええ。この国最高の教育機関にして、研究所。大貴族の子弟のほとんどが学園に通っています。学園で働けるということは、最高の名誉かもしれません」
「そんなぁ。じゃあ私たちはノエルさんを諦めなければならないってことですか?」
すでにリリィさんはなみだ目になっている。
ギルドが描いていた冒険者の革命が潰えたのだ。がっかりするものも当然である。
「なに、簡単に諦めるつもりはありませんよ」
クラウスは不敵に笑う。
「ノエルさんの冒険者として資格は残します。教授になっても、同時にS級冒険者でもある。いつでも冒険者に戻れるようにしておきますから」
「できるのですか? そんなことが」
普通は冒険者から転職すれば、資格はなくなる。
もう一度冒険者に戻ろうとすれば、最低のE級からのスタートとなる。そもそも冒険者という仕事はかけ持ちできるほど甘い職業ではない。
単に戦いに強いだけでは駄目で、ダンジョン内で生き抜くにはさまざまな技術が必要になる。
「もちろん特例ですよ。皮肉なことにニュイがあなたを評価したからこそ、ギルドの上層部を説得しやすくなります。あのニュイが欲しがるほどの人材だと」
それだけニュイの名前は大きいのだ。
王族だろうが、貴族だろうが、世界中の誰にも無視できないほどに。
「冒険者は夢に生きている生き物。冒険者ギルドもまた同じです。簡単に君を諦めるつもりはありません」
「私もです!!」
リリィが手を上げて、飛び跳ねる。
やる気である。元気である。
「なんだったら、リリィ、あなた王都へ転勤してみますか? ノエルさんとのつながりを保っておきたいですから」
「やりますとも!! ノエルさんを捕まえておかないと!」
まったくこの人たちは。
否定的な条件が重なっても簡単には諦めてはくれない。
俺の周囲は、倒れてもただでは起きない人間ばかりだな。
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