第三十五話 ノエルの決断
ニュイの学園といえば、世界一の教育機関、研究機関として名高い。
いくら最強魔術師の言葉でも、信じられるものと信じられないものがある。
王都にある学園に招かれるだと? 冗談だろ?
何度もいうが、俺はろくな学校を出ていないのだぞ。
ゴーレム開発にこそ詳しいが、他はまったく駄目だ。知識の絶対量が不足している。勉強のための時間をダンジョン捜索の腕を鍛えるために使ってきたのだ。
「無理です」
斬って捨てる。
答えなど、はじめから決まっている。迷う余地すらない。
権力など欲しくもないし。貴族と付き合う方法もまったく知らないのだった。
それでもニュイの笑いは止まらない。
両手を上げ、あきれたような表情を作る。
「おやおや、冒険者ともあろうものが情けないね。ダンジョン制覇という無謀な夢に挑むのが、冒険者だろう?」
「……むっ」
どうして俺が冒険者だと知っているのか、などとは疑問にさえ思わない。相手がニュイ=レブナントだからだ。
相手の心を読む魔法はこの世に存在しないとされているが、この女ならば使えてもおかしくない。噂通りならば、全知全能にさえ近い存在なのだ。
そんな相手でも、なぜだろう、冒険者を馬鹿にされると腹が立つ。
才能がない人間でも譲れないものがある、俺の場合は冒険者に関することだ。人生の半分を冒険者として過ごしてきたのだ。馬鹿にされたら怒る権利がある。
わざと俺を挑発しているのか?
何を引き出そうというのか。
「いやいや冒険者を馬鹿にしているつもりなどない。ただ、ゴーレム開発をするなら学園が最高だといいたいのさ。最高の環境、最高のライバルたち、最高の歴史の中でゴーレム開発をしたいと君も望むだろう?」
王都には一度も行ったことはない。もちろん実際の学園もどんなところかわからない。
豪華で、傲慢で、自由のないところ、という想像しかできない。最高の環境ではあるだろう。ニュイの率いる学園が最高でないはずがない。
だが。
「他から誘いを受けている。わざわざ王都に行かなくとも、最高の環境を得られます。12年もこの街で暮らしているのだから、街への愛着もある」
すでに俺は三つも誘いを受けている。
条件も素晴らしい。元パーティーにいたころに比べると天と地の差である。
さらに今回の決闘で協力してもらった。恩もある、義理もある。簡単にニュイに従うわけにはいかないのだ。
「ふぅん」
ニュイは周囲を見渡す。
それだけの行為なのに、攻撃でもされたように周囲の人間が一歩下がる
弱ければ踏みにじられる。それが現実だ。
しかしその一方で、強すぎても孤独になる。この女と友達になれる人間など、もう世界にも数人しかいないのではないか。
「なるほど。君は皆に愛されているのだね」
ニュイは俺の目をのぞき込む。
金色の瞳にはどれほどの魔力が込められているのか。みていると吸い込まれそうになる。
「でも、誰も本当の望みを叶えようとはしていない」
「本当の望み……だと?」
ニュイが唇をぺろりと舐める。
「ああ、君は金や権力には興味がない。欲しいのはダンジョン制覇という栄光だ。しかも、しかも……だ。他人ではなく、自分の手で成し遂げたいと願っている。そうだろう?」
ズキリッ。
と、胸に痛みが走った。
その通りだったからだ。
ゴーレム開発を認められ、元パーティーと決別しても、ダンジョン制覇への夢をあきらめきれない。
夢と呪いは紙一重とはよくいったものだ。
もちろん職人たちとのゴーレム作りは楽しかった。俺はゴーレム開発に向いていると思うし、周囲もそれを期待している。
それでも、俺はダンジョン制覇をあきらめきれない。
俺は、冒険者とは、夢を追う本能で生きているのだ。
あきらめきれない、たぶん俺が死ぬまでは。
「……あんたに付いていけば、自分の力でダンジョンを制覇できるのか?」
「さあねぇ。私は冒険者じゃないからわからないよ。でも学園にはありとあらゆる技術が集まっている。中には君自身を強くする技術もあるかもしれないね」
ずっと心の片すみで疑問が残っていた。
これから先ゴーレムが進化をとげて、ダンジョンを制覇できた時、俺は満足できるのだろうか。エネルのような強力な仲間の力でダンジョンを制覇して、夢を叶えられたと胸をはれるのだろうか。
俺自身の戦いでの強さは頭打ちだ。
スキル「土操作」は進化しない。簡単に使える代わりに、成長もしない。戦術眼を磨くにも限界がある。
これから1000年間生きたところで目の前の女には勝てない。断言できる。
迷わなかった。
ほとんど反射的に答えていた。
たぶん……本能が正解を選んだのだろう。
「だったら、あんたの誘いに乗ってやるよ。学園で教授になってやる。そしてダンジョン制覇への足掛かりをつかんでやるさ。」
わかっている。
俺は絶対にやれそうにないことに挑戦しようとしている。
この年になって、まったく違う世界に飛び込むことは狂気そのものかもしれない。
それでも引けない。いや、引きたくない。
道が1つしかないのなら、突き進むのみだ。
「素晴らしい。君と私の利害が一致したわけだね」
ニュイはパチパチと拍手をしている。
他の人間は驚いたような表情で俺をみている。
新しい門出には、いささか気の抜けた光景ではあった。
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