第三話 ギルド長との面会
「リリィさん。ギルド長と会わせるといっても、いきなり訪ねても会うことはできないのは? 予定もあるでしょうし」
ギルドの廊下を歩きながら、リリィに聞いた。
この辺りには冒険者はいない。来る必要もないからだ。冒険者がギルドに来る理由は依頼を受けること、以上だ。ギルドの奥まで入る理由がないのだ。
この辺りはギルドの職員ばかりであり、皆忙しそうに働いている。
ダンジョンがある街なので、必然的に冒険者の数も多くなる。当然、ギルド職員も。小さな村だと職員が数人というものも珍しくはないが、このギルドでは数百人の職員が働いている。
冒険者ギルドをまとめているギルド長は多忙を極めている。いきなり訪ねて会ってくれるような存在ではないのだ。
そもそも俺はこの街に来てから数回しか会ったことはない。大規模なギルドを運営して、ほぼ失敗はないのだから有能であることは間違いないとは思うだが。
ギルド長クラウス。
俺の追放に対して、どんな態度を示してくるのか。
ちなみにリリィとは毎日会っているので、性格から好きな食べ物まで知っている。
「会いますよ! 会わないはずがないでしょう! ノエルさんはこの街で最も重要な人間なのですから。もしギルドの仕事をしてくれれば、世界一のギルドも夢じゃないですから!」
「……はぁ」
最大限に賞賛されても困る。どうもピンと来ない。
確かに新しいゴーレムを開発して、街の職人に作り方を教えた。街で非常に使われているのも噂だけは聞くだけは聞いていた。
それにしたって……いくらなんでも大げさすぎないか?
ゴーレムはゴーレム。それ以上でも以下でもない。
土を固めて、魔法陣を埋め込み、人型にした魔法生物。力はあるが細かい作業には向かないし、知能もない。魔法生物としては下等な部類に入る。
そもそもはるか昔からゴーレムは使われていた。
俺がゼロから開発したものではない。すでにあった作り方を改良したものにすぎないのだ。もっとも開発には、俺のスキル「土操作」が役に立ったのも事実だが。
「あの、リリィさん。俺のゴーレムは特別性能が高いわけじゃない。街の生活を変えることなど不可能では? 買いかぶりですよ、俺は二流の冒険者にすぎません」
リリィはあきれたように小さく息を吐いた。
「……あのですねぇ。あまりに鈍感だと、逆に嫌味に聞こえますよ。買いかぶりかどうか、ギルド長に会えばわかりますから」
そう言うと、リリィはギルド長の部屋の扉を叩いた。
ノックと表現するには、いささか乱暴にすぎる。
正直、未だに俺が重要人物だというのは信じられない。
それでもリリィが俺をはげましてくれているようで嬉しかった。冷め切った心が人の温かさに触れたような気がする。満面の笑みをみていると救われたような気分にさえなるのだった。
部屋に入ると、ギルド長クラウスが書類仕事をしていた。ギルド長にふさわしい豪華な机に椅子だ。部屋の内装も一流。
街の有力者たちもギルドに訪れる、当たり前といえば当たり前だ。
クラウスはこちらを見もせずに書類に目を落としている。年は中年にさしかかっているだろうに、いつまでも若さを失ってはいない。生やしたあご髭が威厳を与えている。
厳しくも優しい、評判はすこぶる良好な男だ。
「リリィ君、何かね? 私はこれから市長と朝食に行かなければならない。手短に頼む。あとノックはもっと静かに、何度も注意した……」
「そんなことはどうでもいいですから! ノエルさんがパーティーを追放されて、フリーになったんですよ!! 今すぐ勧誘しなければ他に取られちゃいます!!」
クラウスが顔を上げた。
似合わない。本当に驚いた表情をしている。
「ノエル君、本当かね?」
「え、ええ。昨日の夜に能力不足が原因で……」
「馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿な連中だったとは思わなかった。自分達を支えたものが何なのか、それすら理解できないとは。どうしようもないな」
クラウスは苦々しく吐き捨てた。
冒険者をまとめているギルド長がしてはいけない顔だ。
「グェントもレイナも一流の冒険者ですよ」
「劣悪な環境にいると、能力が高いものでも環境に染まってしまうという。君は典型的なそのパターンだな。自分の成し遂げたことすら認識していない。まあいい。連中は勝手に自滅するだろう。それよりも大切なのは君だ」
クラウスは椅子から立ち上がり、こちらへと近づいてくる。
「この部屋に来てくれたということは、ギルドで働いてくれるという意思表示とみなしてもいいのだね?」
「俺はリリィさんに強引に連れてこられただけです。正直、何がなんだか……」
展開の早さについて行けない。
つい一時間前は冒険者をやめようとすら考えていたはずだ。まさかギルド長が直々に勧誘してくるとは。
「ふぅむ、そうか。リリィ君、よくやったぞ」
「へへへっ。今度のボーナスには期待していますよ!」
「約束しよう。さて、私自身がノエル君を説得する必要がありそうだ。街中でノエル君の取り合いになる。先手を打てたのは非常に大きい」
クラウスはまっすぐ俺の目をみた。
強い視線だ。本気さが伝わってくる。
「はっきり言おう。我々ギルドとしては、どうしても君が欲しい。仮に君がいれば、街の生活を変えるだけではすまない。冒険者の形を変えることすら可能になる。どうだ、我々と共に新しい時代を作ってみないか?」
ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。
どうかよろしくお願いします。