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第二十七話 決闘当日

 ついに。

 グェントとの決戦の朝がきた。


 準備は完全とはいえないが、やるしかない。そもそも戦いに完全というものは存在しない。どれほど弱い敵でも負ける可能性は常にある。

 油断は死をまねく。戦いにおいて慢心とは敵以上に恐ろしいものだった。



 建物では戦闘用ゴーレムの最終調整が行われていた。

 職人と冒険者たちが協力して、ゴーレムに不良がないか確認している。


 彼らには感謝しかない。恩に報いるためには、決闘に勝つことが一番だ。負ければこの場にいる全員に迷惑がかかるだろう。

 


 そんな中、ギルド長のクラウスが訪ねてきた。暗い顔をしている。

 作業をしている人間の明るい表情とは対照的だ。


「どうしました? ゴーレム開発ならば、ある程度の成果を得ることができました。必ずグェントに勝ってみせますよ」


 あえて勝利を断言した。

 この場で敗北の可能性を語ることに意味はないからだ。今となっては戦略の修正はできない。戦うのみだ。

 

 クラウスの表情は変わらない。

 痛みに耐えるような表情。非常に珍しい。

 クラウスはギルド長だ。冒険者をはげます側の人間である。本来はしてはいけない表情である。よほどのことがあったに違いない。



「……実は、グェントにしてやられました。私の失策です」


 失策? 決闘が始まってもいないのに?

 俺はゴーレム開発に専念していたから、街で何が起こっているか知らない。

クラウスの手腕は信頼している。よほどのことがあったのだろう。

 


「失策とは?」


「はい、あなたとグェントの決闘のことです。前にも述べたように、ある程度は規模を大きくしたいと考えておりました。観客が多い方が、グェントは卑怯な振る舞いができなくなる」


 クラウスは少しの間、息を止めて、再び口を開いた。


「ところが、予想以上に決闘の規模が大きくなりすぎました。もはや冒険者ギルドで管理できる範囲を超えています。今や二人の決闘は、この街最大の見世物と化しています」



「規模が大きい……ですか? ピンときませんね。どの程度の大きさなのですか?」


「予定では、冒険者ギルドの敷地内で戦う予定でした。出席者も立会人の冒険者だけでした」


 クラウスはため息を吐いた。


「ところが予定が変更させられ、決闘の舞台は街の中心部です。しかも特別に作られた闘技場で戦わなくてはなりません。ほとんど全ての有力者が出席し、住民たちも見学にくるでしょう」



 ……嘘だろ?

 俺とグェントとの決闘は、冒険者の世界の中では、注目の的になるだろうこと予測していた。S級冒険者同士の殺し合いなど、めったに見られるものではないからだ。


 だが冒険者の狭い世界で注目されても、一般人にとってはどうでもいいことだ。俺が勝とうが、グェントが勝とうが、住民たちの生活が良くなるわけでもない。街の有力者たちにとっても同じこと。


 明らかに不自然である。



「グェントの仕業ですか?」


「あの馬鹿が街の有力者に働きかけたと推測されるが、証拠はない。もう少し時間があれば、調べられるが……。ふぅ、ギルド長の名が泣くな。この年になって自分の無力さを嘆くことになるとは」


 グェントは決闘を無理やり盛り上げて何がしたいのだろうか?

 俺は政治にはくわしくない。意図が読み取れない。



「おそらく冒険者ギルドに損害を与えたいのだろう。ノエルさんに勝つだけではなく、同時に冒険者ギルドにも勝つ。少なくとも冒険者ギルドに恥をかかせることはできるでしょう」


「さける方法は?」


「あらゆる手をつくしましたが、今からでは……無理です」



 どうやら覚悟を決めるしかなさそうだった。

 ギルド長の政治力が通用しないのならば、俺がどうこうできるものではない。

 


 そう。

 つまるところ、決闘に勝てればいいのだ。



 勝負の掛け金がでかくなっただけのことだ。

 俺自身にとっては、負ければ死ぬ。最初から変わりはない。

 

 

 もちろんグェントも負けたら、ただではすまない。

 死ぬ可能性もあるし、仮に生きていたとしても、これまで積み上げてきた全てを失う。冒険者から追放、この街にいられなくなる可能性が高い。

 もちろん理解しているはずだ。それなのに簡単に決闘の掛け金を上げてきた。


 絶対に負けるはずがないというグェントの慢心を感じる。


 グェント。

 慢心は死をまねく。冒険者の基礎だぞ、忘れてしまったのか。



「すみません。私がもう少し有力者たちに注意を払っていれば……」


「もうやめましょう。後ろを振り返るのは」


 クラウスには恩がある。

 俺を好待遇でギルド職員に誘ってくれた。そのおかげで元パーティーでの待遇の悪さに気がつくことができたのだ。

 

 決闘に勝って、恩を返さねばならない。

 そもそも年上の男性に謝れられるのは苦手だ。居心地が悪くなる。

 


「俺を信じてください。必ず勝ってみせますから」



 俺の言葉で、ようやくクラウスの表情から暗さが消える。


 それいい。ギルド長は暗い顔をしてはいけない。冒険者たちを導いているのだから。



「ああ、そうだな。君を信じることにしよう。君は冒険者の形を変える。そう見込んだ男が、こんなところで死ぬはずがない」

 

 俺だって死ぬつもりなどまったくない。

 ダンジョン制覇の夢はまた叶えられていないのだから。




 街の中心部にある決闘場に到着した。

 

 想像をこえる規模である。

 すでに数えきれないほどの住民たちが詰めかけている。俺の姿を確認すると大声援を送ってくれる。

ゴーレムを開発したおかげか、昔から俺は街の住人たちに人気がある。

 

 ぐるりと囲むように観客席がある。

 奥には有力者が座る特等席もある。

 この闘技場を作るだけであきれるほどの金がかかっているに違いない。裏でどれほどの動きがあったのか、想像もできない。


 したとしても、もはや意味のないことではあるが。




 グェントはまだ現れない。


 もうすぐ、人生をかけた決闘が始まるだろう。





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どうかよろしくお願いします。

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