第二十二話 戦闘用ゴーレム製作開始
「いや、確かに協力を期待はしましたが、さすがにこの人数は必要ないのでは?」
俺は少しだけ後ろに下がりながら、言う。
目の前には1000人を超える職人たちが並んでいる。並んでいるだけで圧力がすごい。
商会からゴーレムを作る建物を借り上げた以上、働く職人たちの協力も期待した。それでも1000人は多すぎる。大きい建物でも、1000人が詰めかければ、さすがに狭く感じる。
先頭には職人頭の老人が立っている。以前建物を見学した時に案内してくれた老人である。
鼻息が荒い。大丈夫なのだろうか。自分の年を忘れているのではないか?
「何を言う! 儂らはお主のおかげで飯を食えている。危機の時に恩を忘れるなど、職人の名が泣くわい」
周囲の職人たちも賛同の叫びをあげる。
やる気に満ちている。あまりのやる気に、俺の方が引くくらいだ。
「せめて100人くらいに……」
「ならん! 皆で最強のゴーレムを作り上げるのだ。お主がいれば、それが可能となる」
再び職人たちの叫びが上がる。
もうこうなったら、誰にも止められそうにない。1000人の職人たちとゴーレム開発。この街の長い歴史の中でも初めてのことかもしない。
それにしても、最強のゴーレムか。言葉の響きだけは悪くないな。
開発の期限は一週間。
先ほどギルドの職員が決闘の日付を告げにきた。
決闘の日時は先延ばしすれば、こちらが有利になる。とはいえ、グェントとの決闘はギルドの法律にもとづいて行われる。過度な肩入れは期待できない。
一週間で、グェントとの力の差を埋めなければならない。
……面白い。
かかっているのは俺の命。味方は1000人の職人たち。
どうなるのか見当もつかない。何もかも想定外で、だからこそ面白い。
ゴーレム開発の腕を存分に振るうことができるのだ。
俺の中の職人的感覚がうずいている。
「わかりました。皆さんのお力を借りることにします」
三度、職人たちの叫びがあがった。
職人頭の老人も満足そうにうなずいている。
「まあ、お主は天才じゃからな。本当は儂らがおらずとも、最強のゴーレムを作れるだろうよ」
「天才ではありませんよ」
まったく。買いかぶりである。
会うたびに老人は天才だと言ってくるが、後何度このやりとりを繰り返せばいいのか。
天才ならば、俺はこんな苦労はしていない。今ごろは王都あたりで宮廷魔術師でもしているだろう。魔術師は世界中にいるが、宮廷魔術師はエリート中のエリートである。
不思議と決闘に対する不安はなかった。
ギルドに商会、この街最強の冒険者、俺の人生でこれほど味方がいたことはなかった。パーティーを追放される前の孤独だったころが嘘のようだ。
暖かいな。応援してくれる人が多ければ多いほど、心は強くなれる。こんな感覚は生まれてはじめてだ。
「ありがとうございます」
自然と感謝の言葉が口に出た。
俺は幸せものだな。心の底から、そう思う。
「ふんっ! 感謝の言葉は決闘に勝ってからにしろ!」
職人頭だけでなく、全ての職人たちも笑っている。
戦闘用ゴーレムの開発は笑顔とともに始まったのだった。
ゴーレムの製造工程は、土を集める、土人形を作る、魔法陣を書き込む、の三段階だ。
1000人の職人たちを、それぞれの工程に3分の1ずつに振り分ける。
よりゴーレムに適した土を。
より動きやすい土人形の構造を。
より強力な魔法陣を。
今回開発するのは、これまで作っていた労働用のゴーレムではない。戦闘用のゴーレムだ。
世の中には戦闘用のゴーレムもあることにはあるが、極めて珍しい。俺も話だけで、実際にみたことがない。珍しいということは、弱いということ。今までのゴーレムはS級冒険者に勝てる強さではないと考えてもいいだろう。
そもそも参考のために取り寄せている時間もない。
つまり俺たちの作る戦闘用ゴーレムは1から作らねばならないのだ。
……面白いじゃないか。
ゴーレムの開発者として、わくわくする。
「いいですか。俺には「土操作」スキルがあります。ゴーレムを制御するための魔法陣は必要ありません」
手に持った土の塊に、「土操作」スキルを発動する。
土の塊は鳥の形に変化する。さすがに土では空を飛べないが、羽ばたきながら美しい鳴き声をあげる。手の平に乗るくらいの大きさならば、かなり精密に操作できる。
周囲の職人たちから感嘆の声があがる。
「ほほぉ。見事なもんじゃのぉ。スキルのない身からすれば、うらやましいかぎりじゃい。ふむ。となると魔法陣は必要ないということかの?」
「いえ、代わりに他の魔法陣を書き込みましょう。例えば運動能力や防御力を向上させる魔法陣が望ましいですね」
魔法陣にはいろいろな種類がある。
貴族が使うような高級な道具に魔法陣が刻まれることがよくある。軽くしたり、切れ味を増したりできる。この世には数かぎりない魔法陣が存在し、全てを把握しきっている人間は存在しない。
「ただ、魔法陣を書き込む上で、1つだけ問題があります」
「……なんじゃ? 嫌な予感がするのぉ」
「俺が……ゴーレム制御以外の魔法陣を知らないことです」
周囲の職人たちが、盛大にずっこけた。
だから言っただろう?
俺は天才じゃないと。
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