第二十一話 ゴーレム工場の借り上げ
街の中心部から少し離れた場所に、コーネットの商会はある。
全国に支店がある大商会にしては、いささか建物は小さく感じる。それでも夜中にもかかわらず、人の出入りがすごい。ひっきりなしに職員と客が建物の中に吸い込まれていく。
俺も商会の中に入り、近くにいる職員に声をかける。
「コーネットさんと会いたいのだが、取り次いでもらえないか?」
「はい。ご予約はありますか?」
「いや、予約はない」
グェントに宣戦布告してから、直接商会に来たのだ。予約など取っている暇はなかった。そもそもどうやったら商人に予約とれるのかを知らない。
本来ならば、こんな強引な訪問などするべきではない。とはいえ、グェントとの決闘は命がけになる。負けるわけにはいかない。
グェントが勝ち、これ以上暴走したら、どれだけの人間に不幸を振りまくことになるのか。
「俺の名前を出して、会えるかどうか聞いてみてくれ。ノエルだ」
「ま、まさかゴーレム開発者のノエル様ですか!?」
「ああ。本人だ」
職員は奥の方へ飛び出していった。
やはり俺はコーネットの商会では、貴族並みの重要人物とみなされているようだ。権力があるとはこんな感じか。好きにはなれないな。
すぐにコーネットのいる部屋へと案内された。
机と本棚だけの質素な部屋だ。
意外だった。この初老の男は最高級のレストランに通いつめているのに。
「なに、たいした信念があるわけではありません。金を稼げる可能性があるところに、金を使う。商人の基本中の基本です」
コーネットは穏やかにほほえむ。
そんな基本は聞いたことがない。
コーネットのでまかせだとは思うが、完全には否定でない。
俺は冒険者であって、商人ではないからだ。
この男はまったく本心が読めない。冒険者ギルドは信用できる、グェントは信用できない。コーネットは信用するべきかどうかもわからない。
「コーネット、頼みがある」
信用できなくとも、グェントに勝つためだ。頼みごとを聞いてもらうしかない。
新たなゴーレムを開発するためには、どうしても商会の力が必要なのだ。
「要件はわかっておりますよ。あなたの、ええと何でしたっけ、ゲィエンさんでしたかな。元パーティーとの決闘のために、私の協力が欲しいのですね」
「……さすがに情報が早いな」
「いえいえ、この件に関しては、情報の速さなど関係ありません。すでに決闘は街中で噂になっておりますから」
まさか。
グェントとの決闘が実現したのはついさっきだぞ。いずれは噂が広まるとは思っていたが、早すぎる。
「ノエル様。まだまだ自分の重要性を理解しきれてはおられぬようですな。安心してください、街の住民のほとんどがあなたを応援しておりますよ。もちろん我々の商会も」
コーネットは自分の白髪をなでつける。
笑みのまま、小さくため息をつく。
「金で解決するのなら、いくらでも出す用意はあるのですが。どうも今回は我々の出番はなさそうです。冒険者の誇りを持ち出されては、商人はお手上げですよ」
金で買えないものもこの世には存在する。
冒険者の誇りは不合理で、一銭にもならないが、金では買えない。もっとも、欲しがる人間など、ごくわずかであろうけど。
コーネットにとっては、けじめのために戦う俺など理解不能に違いない。
「それで、我々になにをしろと? だいたいの商品は取り寄せることができますが、武力はありません。商人は血をみるのが嫌いなもので」
「ゴーレムを作っている建物があるだろ。一室と設備を貸して欲しい」
俺の家はせまい。道具も大したものはない
なによりもグェントが決闘前に不意打ちしてくる恐れがある。
安全で、かつゴーレム開発に専念できる場所がどうしても必要なのだ。
「ふむ、わかりました。一室といわずに、建物全てと職人を提供しましょう」
あっさりとコーネットは承諾した。
それどころか、俺の要求をこえる回答をするとは。
「……いいのか? その間、ゴーレムの製作が止まるぞ。商人が儲けられないのではないか?」
「いいのです。その代わり、絶対に決闘には勝っていただきたい。あなたが死ぬと、世界の損失と思っていますから」
顔は笑顔のままだが、声に硬さがまじっている。
はじめてコーネットが感情をだした気がする。珍しい。
長い息を吐いたのちに、コーネットは言う。
「私はですね、本当に珍しく怒っているのですよ。この状況に。商会にとっては、この街の冒険者全員と比べても、あなたの方が貴重なのです」
「……借りにしておく。いつか返すさ」
「いいえ、借りなどいりません。貸しなど作らずとも、あなたが生きているだけで、巨万の富が手に入るのですから」
今度こそコーネットは溜息を吐いた。
その姿はいつもの若い姿ではなく、年相応にみえる。
「おぼえていてくれませんか。この私こそが、世界中でもっともあなたを買っているということを。くだらない決闘で死ぬのは許しませんからね」
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