第二話 冒険者ギルドへ
次の日の朝。
俺は冒険者ギルドへ向かっていた。
パーティーから追放されたこと、せめて報告だけはしようと思ってのことだった。
今ごろグェンドとレイナはダンジョンの最下層に挑んでいるだろう。実力だけならば、冒険者としてS級の名に恥じないものを持っている。俺なしでもダンジョンを制覇してしまうかもしれない。
気分が落ち込む。
俺は……いったい何をしているのか。
この先、どうすればいいのか。
街は混雑している。住民は仕事に学業にと忙しい。いつもの光景ではあるが、今の俺には重苦しく感じる。
はぁ。心が折れてしまったということか。何もかもが灰色にみえる。
「よぉ、ノエル。調子はどうだい?」
「おはよう。ノエルさん」
冒険者ギルドに到着すると、別パーティーの冒険者たちが声をかけてきた。ダンジョンを攻略しようとする冒険者は俺たちだけではない。
大半は低階層でしか活動できない、低ランクのパーティーだ。それでも夢を持ってがんばっている。
昔は俺も低ランクだった。馬鹿になどできるはずもない。
「……はぁ」
失礼だとわかりつつも挨拶を返す気力さえない。
冒険者たちは気にする様子もなく、次々とダンジョンに向けてギルドを出ていく。
この世の全てが不幸に満ちているように感じる。まさにどん底の状態あった。
「あれ? ノエルさん? 珍しいですね、この時間にギルドに来るなんて」
ギルド受付嬢のリリィさんだ。
ダンジョンのモンスター討伐や素材の回収の依頼を出してくれる。それだけではなく新米の冒険者にはアドバイスも送ってくれる。
ギルドの職員の中ではもっとも冒険者に近い存在であり、若い女性にもかかわらず乱暴な冒険者にさえ慕われている。
リリィは首をかしげる。
「たしかノエルさんパーティーは最下層に挑戦しているはずでは? 昨日、申請していたよね」
「それが……」
自分の恥をさらすのは、いつだって悔しい。年下の女性に言わなければならない時は特に。
悔しいけれど事実は事実。受け入れなければならない。
「実はパーティーを追放されてしまいまして……。今は独りぼっちです」
「え!?」
リリィの背筋がピンと伸びる。
どん底の状態でさえなければ、きっと笑い出していただろう。
「冒険者としての実力を見限られました。最悪、冒険者をやめて田舎に帰ろうと思います。ダンジョン制覇なんて、俺程度では不可能な夢だったと……」
ガシッ!
いきなりリリィが俺の腕を両手でつかんだ。
簡単には振りほどけそうにないほど、力が入っている。
「良かったじゃないですか!!!」
ギルド内に響き渡るほど、大声で叫んだ。
部屋にいる全員がこちらを振り返る。リリィは満面の笑みを浮かべている。
何がそんなに楽しいのか、さっぱり理解できない。
俺はといえば、声も出せないほど驚いていた。
だって、そうだろう。能力不足で追放されたのにギルド受付に絶賛されるなんて、誰にも予想できないだろ。
「ということは、ノエルさんはフリーなのですね! ギルドの方でスカウトも可能ってことですよね! 早いもの勝ちってことですよね!!」
「あ、ああ」
ここまで強引なリリィを初めてみた。
心なしか顔が赤くなっている。目が光り輝いている。
正直、状況が飲み込めない。
能力不足でパーティーを追放されたと思ったら、ギルドから熱烈に勧誘されている。わけがわからん。
先ほどまでの憂鬱な気分など吹っ飛ぶほどに、わけがわからない。
「えっと、まずはギルド長に話をしてみましょう! 絶対に損はさせませんよ!!」
リリィは俺の掴んだまま、ギルドの奥の方に引きずり込もうとする。
「絶対に逃がしませんよ! 街中で争奪戦になるのは目にみえているのですから!!」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺には何がなんだか……」
さすがに本気を出せば、俺の方が力は強い。体格も背丈も全然違うのだから。いや、それ以前に冒険者と事務職だ。引きずられる方がおかしかったのだ。
冒険者と一般人には、戦闘に関しては埋められない差がある。……今引きずられたのは、戦闘じゃないから仕方がないことなのだ。
「ノエルさんを追放ですって!? まったく! 頭がおかしいとしか思えません! ノエルさんもノエルさんですよ! 自分の価値がまったくわかっていませんよ!!」
リリィは腕を掴んだまま、こちらをにらんでくる。
「どうせダンジョンと宿屋を往復する生活で、街の状況には関心がなかったのでしょう?」
その通りではあった。
ダンジョン攻略に夢中で、街がどうなっているのか観察する余裕はなかった。朝早くダンジョンに出かけ、夜遅く帰ってくる。そんな生活。
街に行く機会は買い出しや冒険者同士の情報交換くらい。街の人々の暮らしにはそれほど気にかけていなかった。
だが、それが俺の能力と何の関係があるのか。
「ノエルさんは自分が思っているよりも、はるかにすごいのですよ! この街の状況を変えてしまったのですから!!」
俺が街の生活を変えた?
ただの冒険者にすぎない俺が?
……いや。
たった一つだけ、心当たりがある。
「もしかして、俺が副業で作っていたゴーレムのことですか?」
「やっと思い出してくれましたか! ノエルさんって、世界で一番自己評価が低い男の人かもしれませんね!」
そう言って、リリィはニッコリと笑った。
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