第百九十一話 魔法陣と報酬
俺の研究者としての腕はそれほど高くはない。
学者として働き出したのはついこの間である。
魔法陣を書く技術も読む技術もまだ一般人の域をでない。
だからゴーレムに書かれた魔法陣の全てを理解できたわけではない。
全体の流れ。ほんの欠片しか理解できない。
それでもわかる。
この魔法陣は本当に素晴らしい。
ゴーレムの性能が高いのも納得せざるを得ない。
全ての能力において、俺たちの作ったゴーレムの上をいっている。
あるいは、そう。
人間が持ちうる技術を超えているかもしれない。それほどの技術だ。
最高クラスの学者がゴーレムなど研究しないことを除いても、見事な出来であった。
構造が目に焼きつけられる。忘れたくとも忘れられるものではない。
まさか敵から魔法陣を学ぶことになるとは。
名もなき科学者はダンジョンのボスとしては弱いが、学者としては超一流である。魂を奪う技術を開発した時点でそれはわかっていた。
それでも片手間で作ったであろうゴーレムですら、これほどとは……。
「あの、ご主人様どうしましたか? 敵のゴーレムをじっとみつめて」
「……いや、何でもない」
無理やりゴーレムから目を離す。
ずっとみていたい誘惑にかられる。
魔法陣を書き写し、新しいゴーレムを開発したい。今ならさらに性能が高いゴーレムが作れるに違いない。
……もちろんこの状況でのん気にゴーレム開発などできるはずもないが。
俺は大きく息を吸い、吐く。
「今は名もなき科学者を倒すことに集中しよう。敵のゴーレムを分析するのはその後だ」
「? は、はい。わかりました」
ソフィーナは首をかしげながらも従ってくれる。
魔法陣に対するあまりの衝撃に俺の言動が少し変になっているらしい。気を引き締めねば。
もし名もなき科学者を倒したら、残された技術をどうするか。
エネルは全ての技術を破壊することを主張している。魂を奪う技術や危険な技術については同意だが、今のように目に焼きついたものはどうしようもない。
ある程度の流出は覚悟してかなければならないだろう。
最初に名もなき科学者を倒したものが主導権を握ることができる。
ダンジョン制の称号は得られないが、残された技術の選択権は得られる。名もなき科学者と戦うたびに技術の重さが増してきている。
あるいは世界を変えるうる技術かもしれないのだ。
冒険者たちの意思を統一するのが一番いいが、実際は不可能だ。冒険者ほど管理されることを嫌う人種もいない。俺には管理する権限も存在しない。
結局、俺たちが一番乗りして、名もなき科学者を倒すのが手っ取り早いのだ。
また、冒険者たちの報酬についても難しい点ではある。
冒険者は夢に生きる人種といえども、実際は金がなければ生活できない。
金だけでは冒険者は動かないが、夢ばかりでもついていけなくなる。
もちろんギルドからの報酬は出るだろう。だが、おそらく全然足りない。冒険者たちは命を犠牲にして戦っているのだ。それなりの報酬は支払われるべきなのだ。
名もなき科学者は莫大な財宝を用意しているといっていたが、確証はない。
期待してはいけないだろう。嘘の可能性だって十分にある。
あるいは王立騎士団が払うのだろうか。
資産はあるはずだ。何度もダンジョンを制覇したのだから。
彼らの未来は暗いものになるに違いない。敵に操られて、仲間を殺した傷は大きすぎる。
今までの栄光を完全に打ち消すほどの大きさだ。
いずれにしろ。
事件の後始末は俺の領分ではなかった。
俺はただの冒険者であり、ギルド幹部ではない。
1つだけいえるのは、ダンジョン捜索には夢があるが、同時に経済的な問題も発生するということだ。
夢と現実。両方に対処しなければならないのだ。今回のギルド幹部たちはどちらにも対処しきれなかった。
その時、聞きなれた子供の声がダンジョン内に響いた。
「やあやあ冒険者の皆、久しぶりだね。このダンジョンのボス、名もなき科学者だよ」
確実に追いつめられているはずなのに、底抜けに明るい。
やはりどこか壊れている印象がある。これだけのゴーレムを作りながら、性格が破綻しているとは。やはり魂がないことが関係しているのかもしれない。
「どうだい!? 僕の作ったゴーレムは? 君たちの策があまりにも見事だったから、僕も作ってみたよ!」
必殺の罠を作りながら、ゴーレムも作る。
短時間で恐ろしいほどの開発力ではある。
だが、ゴーレム作りは非合理的でもある。
一体一体のゴーレムはそれほど強くはない。ゴーレムとしては最強だが、それでも脅威にはなり得ない。仮に大量にいても逃げること自体はできそうだ。
「ああ、ゴーレム作りは単なる趣味さ。10000体ほど作ったよ」
「10000体……だと!?」
どうやら。
これからのダンジョンはただでは進ませてくれないらしい。
ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。
どうかよろしくお願いします。




