第十九話 ノエルの決意
俺のスキル「土操作」だけでは、グェントには勝てない。
ならば、ゴーレム開発の技術を加えよう。もしかしたら勝機自体を作り出すことができるかもしれない。スキルの差を埋められる可能性はある。
確実ではない。それでも価値があるはずだ。
俺自身が1対1の戦いを挑めば、グェントは断れない。自分の方が絶対に負けないと思っているからだ。
負ければ死ぬ可能性すらある、真剣勝負だ。
元パーティーとして、一人の冒険者として、けじめを取らなければならない。
「俺が1対1でグェントに勝てば、全てが解決します。二度とグェントに命を狙われることはないでしょう」
グェントは自分より弱いものには傲慢にふるまうが、強いものに手を出せない性格だ。強さの格付けさえすんでしまえば、二度と関わり合うこともなくなるだろう。
俺の言葉に、クラウスとリリィは驚いた表情を浮かべる。
「駄目ですよ! ノエルさんが死んでしまいます!!」
「そうだ。冒険者ギルドとしては君の損失は認められない」
二人が心配してくれるのはありがたい。
それでも、冒険者には冒険者の流儀がある。結局のところ、本当に欲しいものは自分の力で手に入れるしかない。少しでも勝算があるなら、前に進むべき。
ダンジョン制覇という無謀な夢に挑む、冒険者としての本能であった。
エネルだけは笑っている。
強さは違うとはいえ、同じ冒険者だから気持ちをわかってくれるのだろう。
「それで勝算はあるのか? 勝ち目なしでは、さすがのわらわも賛成しづらいのぉ」
「勝算はこれから開発します」
我ながら変なことを言っているな。
普通の戦いではありえないことだ。
俺は皆にゴーレム開発を戦いに応用することを伝えた。
皆は先ほどよりもさらに驚いた顔をしている。
斬新すぎる発想ではある。そもそも普通の魔法生物には、数年から数十年の開発期間と莫大な金が必要である。それを数日で結果を出そうというのだから。
不思議と決闘への不安はなかった。
新しいゴーレムを作り出せる自信が後押ししてくれている。
「……確かに、それならばグェントを倒せるかもしれません。しかし絶対ではない。私としては、たとえ1割でもノエルが死ぬ可能性がある戦いに賛成することは……」
「残念ながら、必ず勝てる戦いというものは存在しません。それに俺だって12年も冒険者をしています。本当に勝てなくなったら、上手に負けますよ」
クラウスは腕を組んで考え込む。
このメンバーの中で、最もクラウスが責任を背負っている。この街の冒険者は1000人以上もいる。ギルド長として、冒険者同士を調整しなればならないのだ。
いくら俺のことを買ってくれていても、露骨な肩入れはできない。中立性を失ってしまえば、冒険者からの信頼が失われる。
「ふーむ。ならば二人の決闘は、大規模に宣伝した方がいいですね。観客も多ければ多い方がいい。いくら馬鹿でも、大観衆の前では卑劣な行いは控えるでしょう」
「な、何言っているのですか!? ギルド長! 駄目ですよ! ノエルさんを危険にはさらせません!!」
リリィが子供のように、激しく首を振る。
「馬鹿はこの街にいる冒険者全員で、ぶっ潰せばいいじゃないですか! 簡単ですよ! なんなら兵士も使っちゃって!」
いや、いくらなんでも兵士は協力してくれないだろ。兵士たちは国の所属だ。ギルドが協力を要請しても、応じてくれるわけがない。
そもそも冒険者たちも協力してくれるかどうか。S級冒険者と命がけの戦いをするくらいなら、ダンジョン捜索をしたいに違いない。
商会あたりが賞金を出せば別かもしれないが。
エネルはリリィが怒っている姿をみて、ニヤニヤと笑っている。
「受付嬢よ。そなたノエルに対して過保護すぎやせんか? この男は超一流の冒険者とはいえんが、一般人と比べるとはるかに強いし、戦いの経験も豊富にあるぞ。ここはひとつ信じてみぬか?」
「な、な、な、な……」
「まあ、わらわはノエルの冒険者としての腕を買っておるからのぉ。馬鹿を倒せれば、ますます評価があがるわい。中隊長といわず、右腕として迎えてもよいぞ」
これこそが冒険者の流儀である。
もちろん俺にも勧誘を断る権利がある。実力差があろうと、あくまで俺とエネルは対等な関係である。冷たいと思うような人間は、冒険者ではなく、他の職業につくべきだ。
エネルが体をすり寄せてくるが、あえて俺はリリィの方に体を向ける。
「リリィさん。心配をしてくれるのは感謝していますが、今回の決闘は越えなければならない試練に他なりません。他の人間にグェントを倒してもらったとして、これからの人生で自らを誇って生きられるでしょうか?」
リリィは顔をぷいっと背けた。
「勝手にしてください! 私としては、ノエルさんが生きてさえくれさえすれば十分です!」
これだから男は……という心の声が聞こえてきそうだった。
申しわけないとは思うが、これだけは譲れない。将来クラウスの誘いを受けてギルド職員になったとしても、今はまだ冒険者なのだから。
俺はグェントと戦う。
元パーティーとして、幼なじみとして、けじめをつけなればならない。これ以上の暴走を、たとえ殺してでも、止めなければならないのだ。
冒険者ギルドを出た時、街は夕日に染め上げられていた。
もう日が落ちようというのに、まだまだ街の混雑は消えない。
家に帰ろうとしている住民たちの中で、俺は昔を思い出していた。
元パーティーが駆け出しだったころ。
グェントもあれほど傲慢な性格ではなかった。食うや食わずの生活でも、剣の腕を磨くのに必死だった。
どこで変わってしまったのか。どうしたら良かったのだろうか。
今となっては、全てが遅かった。
昔を思い出すのも。今日が最後になるだろう。
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