第百八十四話 さらなる深層へ
俺とソフィーナはダンジョン50階層からさらに下に進んでいた。
このダンジョンはおおよそ100階層。半分を進んだことになる。
2人だけである。共に戦った他の冒険者たちはいない。
名もなき科学者の首は早い者勝ち。共闘の時間は終わった。あとは本来の冒険者としての戦いである。
まだ体は動く。多少は痛いが、この程度で弱音を吐いていたら冒険者はやってはいられない。
ソフィーナも平気そうだ。俺たちに限っていえば、王立騎士団との戦いの損傷は少なかった。
55階層を超えても壊れたゴーレムの残骸やモンスターの死体が転がっている。
やはりゴーレムの大量生産が相当ダンジョンに被害を与えている。必殺の罠が50階層に用意してあった以上、ここからは大規模な罠はない。
……と信じたい。
完全ある確証は存在しない。勇気を持って進むしかない。
絶対に勝てる戦いがないように、敵の事情を完全に知ることはできない。いつだって不完全な情報の中で戦うしかないのだ。
ソフィーナは不安そうに周囲を見渡している。
「どうした? やはり2人きりは不安なのか。集団のまま移動すればよかったと思っている?」
「い、いや、そう思っているわけでは……」
必死に否定するが、表情からそう思っているのが丸わかりである。
ソフィーナもエネルほどではないが、感情が顔に出やすい。控えめだけれど、わりと感情自体が豊かな方である。
「……本当はさ、集団で移動した方が合理的ではあるな」
「え? そうなんですか!?」
「ああ、人数が多い方があらゆる事態に対処しやすくなる。君も簡単に想像できるだろう?」
スキルの種類も増えるし、1人が戦闘不能になっても他の人間がカバーできる。
逆に名もなき科学者の攻撃が集中するということもあるが、全体的にみて集団で行動する利点が勝る。先ほどの戦いでお互いの信頼も高まったはず。
「ではなぜバラバラになるのですか? 他の冒険者さんも反対しなかったし……」
「それはな。俺たちが冒険者だからだ」
俺はソフィーナの頭に手を乗せる。
ソフィーナは不思議そうに俺を見上げている。
「不合理なことは自分自身でも理解しているさ」
だが、それが冒険者というものだ。
冒険者とはパーティー単位でダンジョンを捜索するもの。
百人を超える人数で行動するのは冒険者ではない。そんなことは軍隊とか傭兵がやればいい。
不合理だが、誇りなのだ。
誇りを失ってしまっては、冒険者などやっていられない。
冒険者よりも簡単に稼げる職業など、いくらでもあるのだから。
ソフィーナは納得がいないように首を振る。
「わ、私にはご主人様が何をいっているのかわかりません……」
「だろうな。冒険者以外には理解できない感情だ」
ソフィーナは冒険者ではない。
冒険者の不合理な感情を理解する必要もない。
あるいは、そう。俺の考え方は冒険者としても古いのかもしれない。これからの新しい冒険者は集団で行動するのが普通になるのかもしれない。
それでも、俺は胸に燃える誇りにしがみつくしかないのだ。
ソフィーナが俺の手をつかむ。
とても暖かい手だった。
「でも! いつか私も理解できるようにがんばります!!」
思わず笑ってしまう。
どこまでもソフィーナは真面目だ。
自らの無力さを何とかしようといつもがんばっている。
ソフィーナは自分で思うほどに無力ではない。
今回はダンジョン攻略の鍵となる存在。先ほどの戦いで何もしなかったのは、俺が止めていたからだ。
ソフィーナのスキルを使えば、もっと簡単に王立騎士団に勝てていた。
「別に理解する必要はないさ。君が生きていくのに不必要な感情だ」
「いえ、絶対に勉強します!!」
少しだけ心が軽くなる。
命をかけた戦いの最中で、いや戦いだからこそ、笑い合える会話は貴重だ。
パーティーがいるというのは、本当に素晴らしいことだ。
その時、ダンジョンの先で気配がした。
冒険者としての勘である。明らかにこちらに殺意を持っている。
だが、モンスターとは少し違うような……。
「? どうしました? ご主人様」
「下がっていろ。敵がいる」
ソフィーナの体を強引に後ろへ下げる。
まだソフィーナやゴーレムちゃん(仮)には戦って欲しくはない。ここも俺が対処するべき局面である。
ダンジョンの先から現れたのは土の塊。
人間と同じくらいの背丈。両手両足。
あれは……ゴーレム!?
なぜゴーレムが俺たちを襲ってくる?
いや、俺たちの作ったゴーレムとは体の曲線が少し違うような……。
一直線にゴーレムが襲ってくる。
いずれにしろ敵であることは間違いない。
戦わねばならない。
「スキル発動「土操作」!」
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