第百七十五話 突撃
仮に完璧な策があったとしよう。
それだけで戦いに勝てるわけではない。常に事前の予想通りに戦いが行われるなら、誰も苦労しない。実際に戦う必要すらなくなる。
策がうまく発動しない時もある。
なによりも、時として。
頭で考えたものよりも、勢いこそが戦いの勝敗を決める。
冒険者としての本能が決定的な仕事をするのだ。
今。この瞬間。
まさに名もなき科学者の罠が発動する間際。
エネルの本能が絶望的な局面を打開することとなった。
「スキル発動「気配遮断」」
エネルの姿を消えた。
スキルが本当に「気配遮断」ならば、姿がみえなくなるのは普通のことだ。驚くにはあたらない。
だが、次の瞬間にはエネルはエリノーラの目の前に現れていた。
「気配遮断」スキルはあくまで自身を他人からみえにくくするだけ。身体強化の能力はいっさいないはずだ。瞬間移動したかのような速さはエネル自身の身体能力でしかない。
一瞬の間にエレノーラの前まで走り込んだのだ。
俺がみたことのあるエネルの中で一番速い。まるで瞬間移動したような速さであった。
エネルは進化している。やはり最高ランク冒険者の名はだてではない。
たった一人で戦いをひっくり返せる力を持っている。
「……っ!?」
エリノーラは反応できない。
まさかいきなり突撃してくるとは思わなかったのだろう。完全に虚を突かれている。
あるいは速さとスキルだけなら対処できたかもしれない。敵も長年ダンジョンを守ってきた。経験は豊富だ。
だがそれでも意表をつかれれば別。罠にはめて、勝利を確信していただろうからなおさらだ。
王都騎士団の3人も動かない。いや、動けない。
彼らは命令がなければ動けないのだ。今の彼らは魂のない人形と同じである。
約500人の冒険者も黙ってみているしかなかった。それほどに一瞬のこと。
考えての行動ではなかったはずだ。
理詰めで考える俺では不可能な芸当であった。
エネルはエリノーラの顔面を掴む。
体を引きずったまま走る。速度は衰えない。
エネルの方が小さいのに、軽々と引きずっていく。
「お主はわらわが遊んでやろう!! 2人きりでな!!」
「ぐっ、この……」
エリノーラはなんとか手を外そうともがくが、外れない。
エネルは速度だけでなく、力も半端ではない。
みるみるうちにエネルが遠ざかっていく。
そのまま壁を突き破り、どこかへ消える。
誰も手出しができなかった。ほんの一瞬の出来事。やはり戦いにおいてはエネルほど頼りになる冒険者はいない。味方で良かったと心の底から思う。
敵の実戦司令官がいなくなった影響ははてしなく大きい。
残された俺たちに勝つ機会が巡ってきた。
床一面の魔法陣が停止する。
輝きを失い、普通の床の模様に戻る。
エレノーラこそが罠の実行役だった。エレノーラがいなければ魔法陣が発動できなかったのだ。
こんなこと。事前に予想できるはずもない。
エネルの本能が敵の弱点を暴き出したのだ。
残された俺たちはこの機会を最大限に生かさなければならない。
「くそっ! こうなったら僕が……」
当然、名もなき科学者も遠隔操作で罠を発動できるだろう。
再び魔法陣が輝き出す。
だが、やらせない。
時間があれば、残った俺たちでも罠に対処できる。
「今だ! 床を攻撃して、魔法陣を破壊しろ!!」
俺の叫びに冒険者たちが反応してくれる。
さまざまなスキルが床を破壊していく。破壊された床からは魔法陣が浮かび上がらない。
「……なっ!? くそっ!!」
罠というものは初見だからこそ意味があるのだ。
知られてしまった罠ほどもろいものはない。同じ戦法が二度通用するほど、俺たち冒険者は甘い存在ではないのだ。
「自慢の技術も魔法陣自体を強化することはできなかったようだな」
「……っ!」
魔法陣とは繊細なもの。
いかに敵に技術があろうとも、スキルの攻撃に耐えられる魔法陣など作れるはずがない。少なくとも完全な機能を発揮するのは無理なはずだ。
エネル1人で戦況は一変した。
すでに戦況は5分。いや、わずかにこちら側が有利まである。この場にいるのはエネル以外の冒険者と王立騎士団の3人のみ。
罠は破壊した。
魂を奪う技術も同様。
ここからは単純な戦いでの勝負だ。
勝てば王立騎士団の体は取り戻せる。
ダンジョン探索の目的の1つが果たせるのだ。
俺は叫ぶ。
「王立騎士団の体を取り戻し、名もなき科学者を打ち倒す! 機会は今しかない!!」
「おおおおおお!!」
冒険者たちの士気も高い。
これもエネルの影響か。ならば、最大限に生かして敵に向かおう。
俺たちが持ちうる全てを使って名もなき科学者を倒してやる。
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