第百七十四話 決戦の開始
「悪いが、お前たちの事情などに興味はない。どちらかが倒れるまで戦い続けるだけだ」
「ハハッ。厳しいねぇ。いつだって冒険者は戦うことしか頭にない」
あきれたような声を名もなき科学者はもらす。
敵の事情がわかっても、やることは変わらない。戦って相手を倒す……それだけだ。
俺たちはモンスターと戦うプロである。
感情に流されて手加減などしない。いずれにしろ、これは紛れもない真剣勝負。負ければ死ぬか、死に等しい罰を受けることになる。
甘い感情など、最初からはさむ余地など存在しないのだ。
「冒険者はもっとダンジョン捜索を楽しむべきだよ。死ぬかもしれない遊びなんて、他の人間では味わえない」
「ずいぶんと余裕だな」
条件は相手も同じはず。
それなのに、なんだこの余裕は。いや、余裕というよりもどこか壊れているような印象さえ受ける。
相手の話を信じるなら、こいつには魂がない。
見た目は完璧に人間の子供そのものである。知能も高すぎる程に高い。どれほどの技術があれば、ただの人形がここまで成長できるのか。
俺の作った魂のないゴーレムと同じ次元の存在。
だが、天と地の性能差がある。名もなき科学者自身には戦闘力はないが、技術者としては俺のはるか上にいる。
本当の問題は敵の策がなにかということだった。
わざわざダンジョンを改造してまで、俺たちを誘い込んだのだ。無策ということはあり得ない。
必ず俺たちを殺すような策が用意されているはずだ。
床や天井に変わったところはない。
名もなき科学者の声が響いているだけだ。部屋ごと爆破する気か? ……いや、そうであれば俺たちの死体さえ残らない。実験材料にはできないはず……。
「もうくだらない話はいいじゃろう? さっさと戦いを始めようぞ」
エネルが低い声で呼びかける。
名もなき科学者も怖いが、エネルも怖い。
完全に戦闘モード。触れれば斬られてしまいそうな殺気を放っている。
「ああ、そうだね。では殺し合いを始めようか。君たちを実験材料にして、頭を解剖してあげるよ」
これが名もなき科学者たちとの決戦になる。
お互いに逃げ場はない。死ぬまで戦うだけ。最後の戦いが、今、始まった。
「といっても、実際に戦うのは私たちだけですがね」
エリノーラと王立騎士団の3人が、こちらに歩いてくる。
敵方の実戦指揮官。やはりこの女もあせったような雰囲気はない。わざわざ姿を現した? なぜ?
「しかたがないだろう? 僕は戦うようには作られていないのだから。研究するのが、僕の役目」
まずいな。
敵の策が読めない。俺もダンジョン内での戦いは、それなりの経験があるはずなのに。
策の内容がわからない以上、対策の立てようもない。
「私はあなたのように精神が壊れてはいないですから。私たちは客観的にみて追いつめられています。この時代の冒険者たちは思っていたよりもずっと強かった」
「うるさいなぁ。そのかわり必殺の策を考えたんだからいいだろう」
エリノーラが俺たちの方を向く。
人形にふさわしい無機質な目だ。エリノーラの方は現実的。現状を正確にとらえている。
実際に戦うものは人形だろうが、現実的にならざるを得ないのだろう。
ここまでダンジョンが存在しているのは、エリノーラの功績が大きいに違いない。
エリノーラは小さくため息をつく。
「というわけで、さっさと死んでください」
パチンッ。
指を鳴らす。
エリノーラの足元から魔法陣が爆発的に広がる。
俺たちの方へ伸びてくる。現状は触っても体に異常はない。くそっ。これも名もなき科学者の技術なのか。
罠が用意されていることは予想していた。
モンスターの攻撃やスキルならば対処できた。だが、名もなき科学者の技術は未知のものばかり。対処法がわからない。
そもそも魔法陣が発動したらどうなるのか。まったくわからない。これほど大量の魔法陣を必要とする技術。まさか……。
「ゴーレムでは魂を奪う技術を破壊できなかったということか」
名もなき科学者は笑いながら答える。
「いやいや、君たちのゴーレムは確かに魂に関する技術を破壊したよ。ただ、君たちを殺すのに他に方法はいくらでもある。要は体を傷つけずに殺せばいいのだからね」
冒険者たちに絶望が広がっていく。
もはや部屋中に魔法陣が広がっている。逃げられない。
俺は必死に頭を働かせる。どうすれば敵の罠から抜け出せるのか。しかし敵の攻撃の詳細が分からない以上、どの行動をとっても賭けになってしまう。
今から魔法陣を破壊しようとして間に合うか? 当然敵も俺たちの行動は予測しているはずだ。
その時、エネルが一歩前に出た。
「ここはわらわにまかせておけ。スキル発動「気配遮断」」
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