第百七十二話 ボスの誘い
俺たちはダンジョンの30階層まで到達していた。
未だに名もなき科学者の攻撃はない。それがかえって不気味に感じる。あるいはすでにこの下の階層でエネルたちが戦っているのだろうか。
足元に転がっているゴーレムの残骸の数は増えている。
同時に雑魚モンスターの死体も。階層が進むにつれ、戦いは激しくなっているようだった。もはや低階層には雑魚モンスターはいない。全て送り込んだゴーレムによって倒されてしまった・
「ゴーレムたちが暴れた場所は、ダンジョンの機能が破壊されたと考えてもいいだろうな」
ダンジョンとは1つの世界である。
ただの洞窟ではない。さまざまな機能がダンジョンにはある。
それらが全て停止している。ダンジョン自体にダメージがあった証拠だ。
10000体をこえるゴーレムが暴れるなど、通常のダンジョンではあり得ないことだ。
壁や天井を修復する機能もあるが、間に合うはずもない。元のダンジョンに戻るには長い時間が必要になるだろう。
ソフィーナが俺の方に顔を向ける。
死体の悪臭にもだいぶ慣れたようだ。
「魂を奪う技術は破壊できたのでしょうか?」
「そう願うしかないな」
本当のところはわからない。
魂を奪う技術など前代未聞。俺には……いや、誰にも理解しきれないだろう。人間が持っていない技術なのだ。どうやって使うのかも含めて、全てが謎に包まれている。
それでもダンジョン内に入った以上は、破壊されたと信じるしかない。
魂を奪うのは並みの技術ではない。ソフィーナのスキルのように簡単に使えるのならば、敵は最強に近くなってしまう。
何らかの制約があるはずだ。
そうでなければ困る。
もし自由に使えるならば、すでに俺たちは魂を奪われてもおかしくはない。信じて前に進むしかないのだ。
40階層。
変化なし。
相手が何もしてこないのが不気味だ。
エネルたちの姿もみえない。
50階層。
大きな空間に出た。
通常のダンジョンの地形ではない。1階層をまるまるくり抜いた感じだ。天井もかなり遠くにみえる。
大きな闘技場を思い起こさせる。
戦う場としては、最上である
前回のダンジョン捜索ではこんな階層はなかった。
敵が新しく作ったのだ。もちろん俺たちの決戦にそなえてだろう。
「ソフィーナ。気を引き締めろ。名もなき科学者は待ち伏せを選択したようだ」
「わ、わかりました!」
単に待ち伏せするだけではないだろう。
敵の持ち駒は少ない。数の有利さは敵にはないのだった。
と、なると何らかの策を敵が持っていると考えるのが普通だ。
敵の策を破らない限り、一方的に攻撃されるだけになる。魂を奪われないにしても、勝ち目がなくなる。
エネルたち、先行した冒険者たちが先にみえる。
明らかに名もなき科学者はこの階層でしかけてくる。慎重に進まねばならないのだ。
「おぅ、ノエル。遅かったのぉ」
エネルが前を向いたまま話しかけてくる。
後ろ姿のままでもわかる。いつものエネルとは違う。戦闘モードのエネルである。
普段はどちらかといえば、おちゃらけて子供っぽいエネル。
だが、いざダンジョンにはいると雰囲気が一変する。触れれば斬られるような殺意をまとっている。恐ろしくて、美しい。
まるで切れ味の鋭い剣のようだった。正直、この状態のエネルとは戦いたくはない。
その姿をはじめてみるソフィーナが息を飲んでいる。
体の大きさは変わらないのに、威圧感がすごい。ソフィーナでは近づくことすらもままならないほどである。
「名もなき科学者は?」
「まだ出てきておらん。フフッ。楽しみじゃな。ダンジョン内では相手にも逃げ場はない」
ニィと笑うエネル。
まるっきり肉食獣の笑みである。
これほど戦いにおいて頼りなる冒険者はめったにいない。
その時、どこからともなく声が響いた。
「やあやあ、君たち久しぶりだね」
子供の声。
忘れるはずがない。名もなき科学者の声だ。
それほど追い詰められる風ではない。のんびりとした風である。
「まさかゴーレムを大量に作ってぶち込んでくるとはね。予想外だったよ。おかげで僕のダンジョンは滅茶苦茶だ。ダンジョン捜索の方法としては外道なんじゃないのかい?」
「滅茶苦茶はお前の方だ。地上に出てくるなど、まともなダンジョンのボスがすることじゃない」
確かにダンジョン捜索の前に大量のゴーレムで荒らす。
冒険者のルールとしては外道である。だが、先にボスとしての暗黙の了解を破ったのはそちらだ。文句をいわれるおぼえはない。
戦いはすでに何でもありの領域に突入している。
「ハハッ。確かにそうかもね」
どうやら自覚はあるらしい。
どこまでもお気楽に名もなき科学者は続ける。
「だけど僕たちには魂がないんだ。君たちが作ったゴーレムと同じ、ただの人形さ。少しぐらいの無礼は仕方がない。大目にみて欲しいね」
人形?
魂がない?
ダンジョンのボスになれるような高性能の人形が、この世に存在するのか?
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