第百六十六話 小さな勝利と準備の完了
ソフィーナがスライムと戦っている。
なんとも下手くそな戦い方であった。
スライムを倒すには粘液に包まれた核を攻撃すればいい。
攻撃力もない等しいので、ソフィーナがいくら暴れても負傷することはない。戦いの初心者のソフィーナに打ってつけの相手だ。
ソフィーナはナイフを振るが、スライムの核に当たらない。すでに全身が粘液まみれである。
「わあああああ!!」
ソフィーナは叫んで、さらにナイフを振る。
が、やはり当たらない。気合だけが空回りしている。
気負い過ぎだ。一般人でもスライムは倒せる。核にナイフを当てるのは決して難しいことではないのだ。
「ソフィーナ。あせりすぎだ。もっとよく狙えば当たるはずだ」
「で、でも……」
冒険者ならばどんな低ランクでも一撃でスライムは倒せる。
スライムに苦戦するのは一般人の、しかも子供くらいだ。
そういえば。
俺も昔、故郷の村にいたころ、スライムに苦戦した経験はある。
冒険者になる前のことだ。村の大人に倒し方を教えてもらったものだ。
ちょうど今の俺とソフィーナのように。
田舎に育った子供ならば、誰でも経験する思い出。
奴隷だったソフィーナは今子供時代をやり直しているのかもしれない。
「深呼吸しろ。決して難しいことではないぞ。君ならできる。モンスター退治の専門家、冒険者である俺がいうのだ、信じる価値があるはずだ」
「……はい! わかりました! 私はご主人様を信じます!!」
俺はスライムの核を指さす。
スライムがこちらに襲いかかってくる気配はない。うねうねと遅い動きで逃げようとするだけ。最弱モンスターの由来である。
「いいか。スライムの核を追うのではなく、動きを予想する。核の逃げる速度は速くないし、動く範囲も体の中だけだ」
スライムをはじめ全てのモンスターには攻略法がある。
その知識を持っているかが、冒険者と一般人の最大の違いである。強さだけならば、冒険者が最強というわけでもない。
効率的にモンスターを倒す。その手法をはるか昔から追求してきた。数々の犠牲を払い、知識が受け継がれているのだ。
「はい! やってみます!!」
どこまでも真面目に返事をするソフィーナ。
まったく誰に似たのやら。
……やっぱり俺だろうか。
俺のアドバイスを受け、少しだけソフィーナの動きが変わった。
あいかわらず、どたばたしているがナイフをむやみに振り回さなくなった。ほんの少しの変化だが、戦略としては決定的な違いといえる。
戦いとは考えること。
俺流の戦いの基本である。
弱い人間がどうやって強いモンスターに勝つか。そればかりを求めてきた。冒険者の中でも変わった戦い方を目指しているといえるに違いない。
ソフィーナが俺の弟子ならば戦い方も似てくるはずだ。
たとえ超レアスキルのおかげで、いずれは必要なくなるかもしれない。それでも本当に強くなるまでは、これの教えは役に立つだろう。
「えいっ!!」
ガキン。
小さな金属音のようなものが、静かな森に響く。
ついにソフィーナがスライムの核を捕えたのだ。
核を串刺しにされ、スライムが溶けていく。
何度もいうがスライムは最弱モンスター。倒すのは難しくない。
それでも。はじめて自分の力でモンスターを倒した時の喜びは格別である。
「や、やった……。ご主人様、やりました!!」
「ああ、やったな。君を信じたかいがあったよ」
ふむ。
思ったより短時間でスライムが倒せたな。
ソフィーナは性格が臆病なだけで、戦闘センス自体はあるのかもしれない。
「私でもモンスターを倒せました! ご主人様のおかげです!!」
ソフィーナが抱き着いてくる。
珍しいな。こうもソフィーナが感情を表に出すとは。よほど自分の力でモンスターを倒したのが嬉しかったのだろう。
粘液まみれのおかげで、俺の服までべとべとだ。
これをきっかけに自分に自信が持てればいいのだが。
困難に挑戦するには、根拠がなくてもいい、自信が必要だった。結果に怯えていては自分の力さえ、発揮できなくなる。
俺にできるのは小さな勝利をソフィーナに得させることだけ。
それでも効果があるのは、ソフィーナの表情をみればわかる。迷いは消えたようだ。今は前だけをみている。
「ソフィーナ、挑戦しろ。いつだって挑戦の先にしか勝利はない。仮に失敗しても俺たちが何とかするさ」
「はい!!」
「自分を信じろ、ソフィーナ。君は強くなれる」
よし。
これで戦いの準備は全て整った。
この戦いは総力戦である。
ここにいる全ての人間を集めて、名もなき科学者たちと戦う。
さあ、来い。名無しの科学者。決着をつけようじゃないか。
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