第百六十五話 ゴーレム大量生産十日目
俺とソフィーナはゴーレム作りの現場を離れ、近くの森を歩いていた。
ソフィーナに自信をつけさせるためには、小さな勝利が必要だった。
それも俺やゴーレムちゃん(仮)の力を借りず、自分自身の力での勝利だ。試練を乗り越えた経験は人に力を与えてくれる。
ソフィーナのスキルに関して、俺が手伝えることなど何一つない。
俺では魂を認知することさえできない。ソフィーナ自身が方法をみつけるしかない。
俺ができるのは、せいぜい度胸をつけさせるくらいだ。
しかも冒険者流の……だ。少々荒っぽいが我慢してもらおう。
「ソフィーナ。冒険者になった人間がまず一番はじめにすることはなんだと思う?」
「え? え? 装備を整えることでしょうか?」
「いいや。違う。装備もいらない。仲間もいらない。経験もいらない。ナイフが一本あればいい。」
ソフィーナが迷いを含んだ目で俺をみあげている。
まだ覚悟ができていないようだった。
「……や、やっぱり私はスライムと戦うのですか?」
「ああ、そうだ。一般人でもスライムと戦って死ぬことはめったにない。君でも戦うことができるはずだ」
俺はソフィーナにナイフを渡す。
普通のナイフ。ゴーレムを作っている冒険者に借りたものである。
俺自身はあまり武器を持たない。
剣を振り回すのは得意ではないし、身体強化系のスキルをかけられたら勝てないからだ。
武器を持つより「土操作」スキルで戦いたい。
ソフィーナは両手でナイフを受け取る。
明らかに重そうだ。手が小さいから、ナイフが大きくみえる。
まだソフィーナは迷っている。覚悟が決まっていない。
「これから君には最弱のモンスター、スライムを倒してもらう。もちろんたった1人で……だ」
「で、でも、私は戦えません。戦うための力がないのです」
「素人でもスライムは倒せる。必要なのは度胸だけだ」
俺はソフィーナが隠れて剣を振っていることを知っている。強くなろうと努力しているのだ。
それだけの努力をしているのならばスライムも倒せるはずだ。度胸と覚悟さえあれば。
ソフィーナの問題は精神的なことだ。
スライムを倒すことでささやかな自信を手に入れて欲しい。
君は自分が思っているよりも無能でも無力でもないぞ。ただ、少しだけ世界を知らないだけだ。
スライムについて話そう。
世界中に生息しているモンスターだ。
最弱にして、もっとも数の多いモンスター。森を歩けば、大抵は発見できる。
今日も簡単にみつけることができた。
粘液上の物体が森を動いている。それほど大きくはない。両手で持てるくらいの大きさだ。
……普通の人間はスライムに触りたくもないだろうが。
実はダンジョンに入ろうする冒険者は、どんなに低ランクでも、スライムなどには見向きもしない。倒しても金にならないからだ。
「いいか。ソフィーナ。スライムの核をナイフで貫けば君の勝ちだ。粘液に触れても害はない。ただ、顔に貼りつかれると、息ができなくなるから注意しろ」
「ど、どうやって戦えばいいのですか?」
「簡単だ。本能のままに戦えばいい。スライム相手に戦略をねる冒険者はいない」
自らの闘争心を引き出せ。
失敗を恐れるな。
「で、でもやっぱり私にはできそうにありま……」
「俺はできると信じているぞ」
俺はソフィーナに笑いかける。
これはソフィーナの最初の一歩である。ソフィーナの長い戦いの歴史はここからはじまるのだ。自ら戦おうとしないものは奪われるだけ。
厳しいが、それが世界の法則。
ましてやソフィーナには普通の人間よりもさらに厳しい生き方が待っているだろう。それが超レアスキルを持った者の宿命である。
ソフィーナの猫耳がピンとはる。
瞳には闘志が宿る。
やっと覚悟が決まったか。
「わかりました。ご主人様が信じてくれるならば! やってみます!!」
「思いっきり戦ってくれ。万が一の時は俺が助けてやるから」
ソフィーナがナイフを持ってスライムに突進する。
戦略も何もあったものじゃない、ただの突進である。
「わああああああ!!」
叫び声を上げながら、ナイフを振るうが、狙いが定まらない。スライムの核にはまるで当たらない。
粘液と格闘している間に全身がべちょべちょになってくる。
不格好である。
無様である。
優雅さの欠片もない。
それでも全ての冒険者が通る道だ。
自らへの自信も小さな勝利を積みかねてこそ得ることができるのだ。
ふと思った。
あとどれくらい俺はソフィーナを指導していられるだろうか。
そう長い間ではないだろう。いつかソフィーナが俺を追い越す日がくる。
それならば。
この一瞬も本当にかけがえのないものに違いないな。
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