第十六話 対決前夜
「もうお前たちとはパーティーを組めない。お別れだ」
この先、俺の未来がどう転ぶかはわからない。
それでも元パーティーに戻ることは絶対にない。どれほど働いても、グェントのパーティーにいては、永遠に雑魚あつかいのまま。
評価されずに、埋もれていくだけ。
人間とは自分を評価してくれるところで働きたいと願うものだ。
「ノエルの分際で!! 殺してやる!」
グェントが怒り、剣を抜く。
先ほどまでの下手に出ていた態度など、あっという間に消え去ってきた。
変われないな、この男は。精神的に成長しないまま強くなってしまったのは悲劇だった。いつか本当に痛い目にあわなければ、目がさめないだろう。
俺も追放されるまでは外の世界を知らなかった。ダンジョン制覇に命をかける冒険者の、悪い面にとらわれていたのだ。劣悪な環境が当たり前だと思わされていた。
「グェント。俺は俺なりにパーティーに貢献してきた。もう限界だ。俺に不満でパーティーを追放したのなら、もう未練はないだろう? 腕利きを新しくメンバーに入れた方がいい」
「ふざけるなよ!! お前がメンバー加入を邪魔したのだろうが!」
「……は?」
俺がグェントを邪魔した?
邪魔をしたおぼえなど一切ない。この二日間、元パーティーのことなど思い出しもしなかったのに。
グェントが剣を抜いたことで街の住民が集まってきている。
あきらかに面白がっている。わいわいとおしゃべりをしながら、遠巻きにこちらをながめている。普通の喧嘩だと思っているのだろう。この街では人間が多い分、喧嘩も起きやすい。
ところが、戦おうとしているのは高位冒険者。戦いが始まったら、集まっている人間のほとんどが死ぬだろう。
観客たちに大声で叫んで、避難させたいが、その余裕はない。
この瞬間にもグェントが攻撃を始めてもおかしくない。それほどの殺気をまき散らしている。昔から粗暴ではあったが、最低限の頭は回る男だった。それなのに、どうしてこうなった。
「それだけじゃない! ダンジョン捜索が失敗したのも、冒険者ギルドがふざけた態度を取るのも! 全部お前が裏で動いていたからだろ!!」
「……っ!?」
困惑した。
次から次へと意味不明なことを。
そもそも俺にグェントたちの邪魔ができるわけがないだろう。俺はどこにも所属していない冒険者だぞ。影響力なんてゼロだし、仲間もいない。
冒険者ギルドを動かすなど不可能だし、ダンジョン捜索を邪魔するには戦いの実力が足りない。俺一人でダンジョン最下層を捜索することは自殺行為だ。
全部お前の被害妄想だ。仮に妄想じゃなくとも、俺は関わっていない。
そう伝えたいのだが、グェントの様子は普通ではない。正論が通じるかどうか。
「グェント、少しは考えろ。俺には……」
「うるさい! 何もかも全部、お前のせいだ! 殺してやる!!」
……戦うしかないのか?
この街の住人にあふれた場所で?
この男は狂ってしまったのか?
そうとしか思えない。今のグェントはモンスターと変わらない。
隣にいるレイナも震えている。
口を出したら、レイナすらも斬られかねない。それほどにグェントの殺気は尋常じゃない。
「せめて場所は変えられないのか? ここで戦ったら、俺を殺しても冒険者から追放だけではすまないぞ」
「逃がさねぇぞ。お前さえいなければ、俺はダンジョンを制覇できる!」
くちびるを噛みしめる。
逃げるか? 逃げるだけならできそうだが、住民が虐殺される。
では戦うか? 駄目だ。仮に勝ったとしても、やはり住民が大量に死ぬ。
ならば、住民を守りながら時間稼ぎをするしかないか。
時間を稼げば、街の兵士たちも加勢してくれるだろう。ギルドも冒険者を派遣してくれるに違いない。罪をおかした冒険者を裁くのもギルドの仕事だからだ。
……できるのか? 俺に。
実力不足でパーティーを追放された俺に。
いや、やるしかない。
ダンジョン内でも絶対に勝てないモンスターと戦ってきた。戦うべき時は戦うしかないのだ。
「はっ! やる気かよ、ノエル!! 俺に勝てないとわかっているだろうに!」
「……本気で殺し合ったことはないだろう?」
「確かにそうだったな! これが最初で最後の殺し合いとなるわけだ!!」
グェントが剣を抜いたまま近づいてくる。
俺では、すきが読み取れない。強い。グェントの実力は本物であった。
俺はスキル発動の準備をする。
グェントがスキルを発動したら、一瞬にして、街は地獄と化すだろう。土の壁を作って守らなくはならない。俺自身をどう守るか。策はない。冒険者としての経験を信じるしかない。
その時。
右手が温かい何かに包まれた。
冒険者としてあってはならないことだが、グェントから目を離してしまう。
狐耳がみえた。
「ほぉ、緊張しているのぉ。手が冷たいわい」
エネルだ。
この街、最強の冒険者が楽しそうに笑っていた。
いつの間に俺の隣に近づいたのか。まったく気がつかなかった。
背が低いので、狐耳は俺の腰のあたりにある。今日は一段と露出の高い服を着ている。どんな時でも鎧を着ないのがエネル流だ。
「面白そうなことをしているのぉ。わらわも混ぜろ。この男はな、お前のような馬鹿に殺されるにはもったいなさすぎるわい」
狐耳がピクピクと動いている。
まるでピクニックに行くような調子で、エネルは言った。
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