第百四十五話 大きな家に二人きり
アーステラと部下たちは去ってしまった。
残されたのは俺たち……と大きな家だけだった。ダンジョンを研究するために、わざわざアーステラが作らせたものだ。
数十人が住んでも、まだ余裕がある。特注の仮の住まいであった。
惜しむ様子もなくアーステラは俺たちに家をくれた。
さすがに大貴族は持っている金の桁が違う。この程度の家はいつでも建て直せるということだろう。
その辺の宿に泊まるよりはずっといいが、俺たち2人には広すぎる。
2人きりだと、さびしさすら漂っている。
「この辺りの食料も他の冒険者たちに配らなくてはな」
家の中には大量の物資も残されている。特に食料が多い。
アーステラは何年ダンジョンにいるつもりだったのか。
広い倉庫に天井にまで届くほど食糧が積みかねられている。干し肉に野菜、小麦。よくもまあ、これだけの量を買い集めたものだ。
「ええー? 全部あげちゃうんですか?」
ソフィーナが文句を口に出す。
珍しい。どうもソフィーナは食い物に関してだけ、心が狭くなる。
奴隷時代の記憶を今も引きずっているのだった。
なんせ俺よりも食べる量が多いのだ。
ソフィーナの体は小さい。俺と出会ってからも、肉体的にまったく成長はしていない。たくさん食べて成長して欲しいものだ。
「とても2人では食いきれんだろ。腐らせるよりはましだ」
それに食料を放出することも決して無駄ではない。
多少の感謝もされるだろうし、他にも利点がある。
こんな山奥では冒険者が買える食料も限られている。飢えている冒険者もいるとの話も聞く。
腹が減っては戦えない。古代からの鉄則である。
しかも今回は集団戦。他人に命を預ける場面もあるだろう。
仮に食糧を独り占めしても死んだら終わりだ。
「あの……」
さらなるソフィーナの文句が出るかと思ったが、違った。
「これから私たちはどうなるのでしょうか? アーステラさんも逃げ出してしまったし」
食欲よりも将来への不安の方が大きかったか。
当然といえば当然だ。それほど現在の状況は深刻である。
むしろ現状は良い材料がほとんどない。悪い材料ばかりであった。
「正直、わからない。ここからは何が起こってもおかしくはないからな」
名もなき科学者たちは二度と地上へは出てこない。
確信はあるものの、あくまで推測の域を出ない。狂った思考の持ち主の行動を読み切ることなど、誰にもできない。
再び地上に出てきたらどう戦うか。そもそもダンジョン内で勝つ策もみつかっていない。戦いそのものに不安がある。
無能な冒険者ギルド幹部の動向も気になる。
ギルドとして具体的な策を出せるのだろうか。最悪なのは冒険者たちがばらばらに行動することだ。いたずらに敵の戦力を増やすことになりかねない。
「とにかくまずは敵の情報を集めなくてはならない。だが、集める方法さえも今は不明だな」
全てはこれから。
だが、仮に俺が良い策を思いつたとしても、ギルドに採用されるか不明である。
ここでは俺は1人の冒険者にすぎない。実力は普通よりも少しだけ上。ギルドに知り合いも存在しない。そしてギルドにしか冒険者たちをまとめる力はない。
エネルはともかく、他の冒険者は俺の指示など聞くはずがないのだ。
そういう意味でアーステラが去り、学園の後ろ盾がなくなってしまったのは大きい損失であった。
「やっぱり私はアーステラさんが逃げ出したこと納得がいきません! こんな大変な時にいなくなるなんて!」
「よせ。アーステラはある意味当たり前のことをしただけだ」
冒険者の世界にいるとアーステラの行動は異常に感じる。
だが、一般人の世界からみたらどうか。俺たちの方が異常に感じるに違いない。
命を惜しむのは当たり前のことだ。
逃げそうとする人間を引き留めることなどできはしない。
「ソフィーナも冒険者の世界だけでなく、他の世界もみたほうがいいかのかもしれないな。新たな発見があるだろう」
「わ、私は逃げませんよ! 最後までご主人様と一緒にいます!!」
いや、そういう話をしているのはないのだが……。
「冒険者になれるのかはわかりませんが、死ぬまでご主人様についていきます! ご主人様は偉いと思います!」
不意におかしくなって、笑ってしまった。
笑ったのはひさしぶりだ。気分が軽くなる。
ソフィーナが一緒にいてくれることのありがたみを実感する。
「な、何がおかしいのですか?」
「君の死ぬまでそばにいるという言葉は、結婚式でよく使われる定番だからな。永遠の愛を誓う意味がある。もっとも男の方が口に出さなければならない言葉ではあるが」
その後、ソフィーナがどうなったかは、語るまでもないだろう。
その夜。
本当に珍しくソフィーナに食欲がなかったとだけいっておく。
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