第百四十一話 反撃開始
「僕がダンジョンから出てきたのはね。もっともっと研究材料が欲しかったからさ!」
名もなき科学者は歩き回りながら、演説を続ける。
演説。まさに敵は俺たちに演説をしている。
「ああ。ダンジョンから出たら不利になるのは覚悟の上だよ。でもさ、君たちがダンジョンに来なくなってしまった。それでは困るのさ」
周囲の冒険者たちはあっけに取られている。
命をかけている戦いの中で、長々と演説すること自体が馬鹿げている。
他の冒険者たちには名もなく科学者にいっていることが理解できないらしい。
皆、首をかしげている。
俺には……なんとなくわかる。たぶん学園で働いた経験があるからだろう。あそこも学者の巣窟であった。
もっとも理解できても、認めるかは別だ。
相手は狂っている。ダンジョンのボスだから、まともな価値観を期待するだけ無駄かもしれないが。
名もなき科学者は人間のことを実験材料としか思ってはいない。
学者の悪いところを煮詰めたような存在であった。ボスである以上、暴走を止めるものは誰一人存在しなかったに違いない。
暴走の果てに、俺たちと対面することになったのだ。
「君たちがダンジョンに来ないから、研究材料が手に入らなくなった! 確かに後ろの人間たちは極上の実験材料ではあるが、僕はね、もっともっと欲しいんだよ」
ダンジョンに犠牲にするために誘う。
対冒険者にしか通じないであろう理屈である。
言動から推測すると、名もなき科学者は冒険者と戦った経験が豊富になるのだろう。
研究のためか。
何の研究かはわからないが、ろくなものではないに違いない。人間からみれば、絶対に倒さなければならない敵だ。
外見が可愛らしい子供の姿をしているだけに、いっそうが不気味さが際立つ。
「だからね、こうしてわざわざ誘いに来たよ。君たちが冒険者である以上、ダンジョンのボスから挑発されたら黙っていられない。冒険者とはそういう生き物なのだろう?」
王立騎士団が行方不明になって以来、冒険者がダンジョンに入ることを禁止している。
それが名もなきの科学者に行動を取らせた。
冒険者がダンジョンに入らなければ、実験材料にもできない。
「安い挑発だな。工夫も何もない。学者ならばもっと手の込んだものを用意したらどうだ?」
「フフッ。安い挑発でも乗ってくれるさ。冒険者は単純だからね。必ず僕の挑発に怒ってダンジョンにくる。少しばかり仲間を殺されればなおさらだ」
完全になめられている。
俺が……ではなく、冒険者全体が。
そうでなければ、たった6人で1000人の冒険者を相手になどするはずがない。
いくら強さに自信があっても、無謀すぎる。ここまでみたかぎりでは、彼らに異次元の強さはない。戦い続ければ勝機は必ずある。
もっとも王立騎士団はともかく、残り2人の能力は未知である。
この場で自ら戦うつもりはなさそうだ。どんな切り札を持っているのか。
王立騎士団を倒し、操るほどの能力。半端なものではないだろう。
「さあ、みんな! 僕のダンジョンへ来てくれよな! たっぷりと財宝も用意しているからさ!!」
名もなき科学者は完全に調子に乗っている。
放置すれば、永遠に挑発を続けそうな勢いである。
「ど、どうするのですか!?」
ソフィーナが俺の服を引っ張る。
小さなゴーレムちゃん(仮)が肩の上に乗っている。今のゴーレムちゃん(仮)は無力だが、それでもソフィーナを守ろうとしているのだった。
どうするって?
決まっている。
「この場で名無しの科学者を倒すさ。俺たちにはその力が十分にある」
ダンジョン内で戦うことと、この場で戦うこと。
この場で戦った方が断然俺たちにとって有利だ。
ダンジョンは狭い。
1000人を超える人数では一度に戦えない。どうしてもパーティー単位での戦いになる
人数の差を生かすにはこの場しかない。
こちらは1人1人の実力は劣っていても、圧倒的に数は勝っている。
わざわざ相手がくれた好機を逃す気などない。
弱かろうとも冒険者は戦いの専門家だ。
戦いの呼吸を知っている。この場どう動けばよいのか本能的に知っているのだ。
現に冒険者たちは名もなき科学者の退路をふさぐために動き出している。
合図がなくとも最善の行動を取れるのだ。
相手のたわごとを聞く気などない。だいだい狂った人格に反論しても無意味だ。
むしろ演説をしてくれるのは歓迎するさ。決定的なすきに他ならないからだ。
おそらくこのまま戦えば、数十人、いや数百人が死ぬだろう。
それでも俺たちは前へ進む。それが冒険者の日常だからだ。逃げるべき人間は逃げだ。ここに残っているのは命知らずばかりである。
冒険者をなめるなよ、名もなき科学者。
ダンジョンへは戻らせない。決着はこの場でつけてやる。
退路を断つまで、もう少し。
「実験材料は多ければ多いほどいいよね! 君たちもそう思わないかい?」
退路を断つことができたら、攻撃を再開する。
時間稼ぎ。あるいはそのまま倒せれば最高だ。
もはやスキルの種類など関係ない。人数の差により力押しするしかないからだ。
勝つか死ぬか、どちらかである。
名もなき科学者の後ろに立つエリノーラがつぶやく。
「調子に乗るのも結構ですが、このままだと私たちはここで死ぬことになりますよ?」
「……え?」
驚く名もなき科学者。
その表情だけは本物の子供のようにみえた。
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