第百二十八話 ダンジョンの制覇
冒険者同士が派手に殴り合っているうしろで、冷静に情報交換をする。
一般社会からみれば異常な光景だが、冒険者の世界では普通だ。こういうところが粗暴だと嫌われる原因に違いないが、俺自身は嫌いではない。
それにしても、なぜ辺境の街の冒険者がこの酒場にいるのだろうか。
あのダンジョンは金を稼ぐには最適だった。難易度もそれほど高くなく、安定して稼げた。わざわざこの場所に来る理由は少なくとも金ではない。
新しいダンジョンの制覇を夢見てここに来たのだろうか。しかしこの男も低ランク。実力が不足していることは誰よりも自分がよく知っているはず。
冒険者といえども、俺ほど無謀にダンジョン制覇にこだわるものは多くはない。
むむ。
よくみれば酒場に見知った顔がいくつもある。
全員が辺境の街の冒険者である。皆、実力は俺と同じくらいか、それ以下である。実力的にはダンジョン制覇の可能性は少ない。
そもそもダンジョン制覇を目指すならば、辺境の街のダンジョンで目指せばいい。
1人だけならば、ただの変人ですむが、これだけの人数がいると性格の問題ではない。
ふむ。くわしく聞いてみる必要がありそうだ。
「学園に行ったと聞いていたが、もう辞めちまったのか。まあ、そうだよな。ただの冒険者があの学園でやっていけるはずもない」
「いや、なんとか続けているよ。ここに来たのは、新しいダンジョンの噂を聞いて、いてもたってもいられなくなったからだ。」
「ハハハ。なるほど。あんたは骨の髄まで冒険者ってわけだ」
丁度いい。
この冒険者の男にいろいろと聞こうか。
他人に聞くよりは、顔見知りに聞く方がいい。
「ところで隣の美少女は誰だ? 猫の亜人とは珍しい。みたことない顔だが、紹介してくれないか?」
普段ならソフィーナが真っ赤になる場面である。
ところが今は固まったままだ。完全に雰囲気に飲まれてしまっている。学園にはある程度慣れていても、冒険者の世界に面食らっている。
やはりソフィーナにはまだまだ経験が不足しているな。
さて、どう紹介したのか。
ソフィーナのスキルを知られるわけにはいかない。パーティーの仲間だと紹介したらまずいな。次のスキルについて聞かれるに決まっている。
冒険者同士の会話はスキルの探り合いでもある。
絶対に本当のことはいわないまでも、つい情報をもらしてしまうことはあり得る。他のパーティーのスキルを知ることは、いざという時に切り札になりうるのだ。
「学園の……生徒だ。ダンジョンの見学をしたいらしい。ちなみにスキルは持っていないぞ」
「へぇ。いいところのお嬢さんなんだな。……ん?」
ソフィーナが反応する前に、机に金を置く。
この話はここで終わり。強引に話題をそらすことにする。
いい情報はただでは手に入らない。
ソフィーナの素性を誤魔化しながら、情報が手に入るならば安いものだ。
「俺たちは新しいダンジョンに来たばかりでな。金を払うから色々と教えて欲しい」
「そういうことなら、仕方がないな! じっくりと教えてやるよ!!」
嬉しそうな表情で、そそくさと金をしまう男。
よほど金欠だったらしい。まあ、普通の冒険者ならそんなものか。ダンジョンに入れないのなら、まったく報酬が得られないのだから。
「まず俺たちがここに来た理由なのだが。辺境のダンジョンはな、エネルの奴が制覇しちまったんだよ!!」
「……なるほど。エネルか……」
SS級冒険者エネル。辺境の街最強の冒険者。狐耳の亜人。
俺が辺境の街にいたころには、すでにエネルはダンジョン制覇寸前であった。俺が王都にいる間に制覇していてもおかしくはない。
エネルがダンジョンを制覇したらこそ、辺境の冒険者たちはここにいる。
次のダンジョンへの繋ぎとして。制覇されたダンジョンでは金が稼げなくなる。
「あー。エネルの奴がダンジョンを制覇しなければなぁ! 今もあのダンジョンを捜索していられたのになぁ」
冒険者の男は盛大に嘆いてみせる。
ダンジョン制覇には不利になる面もあるのだ。英雄的な行為もいい面ばかりではない。他の冒険者にとっては、ある意味失業を強いる結果になってしまう。
……ん? 待てよ
ということは。
「もしかして、エネルもここにいるということか?」
働き場所がなくなったのはエネルも同じ。
新しいダンジョンに来ていてもおかしくはない。
もちろんもっと大きなダンジョンに行っている可能性もあるが。エネルクラスの冒険者になると、低ランク冒険者とは次元が違う。次のダンジョンは選び放題。
冒険者ギルドから招待されることすらありえるのだ。
「当たり前だろ。それどころかエネルの奴は最高ランクに昇格しやがって」
ダンジョンを制覇したので最高クラス、SSS級に昇格したのだ。
それに関しては、当たり前のことだ。疑問はない。歴史に残るような最強冒険者への第一歩を踏み出したのだ。
正直、うらやましい気持ちを抑えきれない。
俺の夢をついにエネルは叶えたのだ。もっともエネルはさらに先を夢見ているに違いないが。
それにしてもエネル……か。
すぐに会いに行く必要があるな。無視すると後がうるさそうだ。
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