第十二話 一般人が魔法陣を書く日
最後に案内されたのは、土人形に魔法陣を書き込む建物だった。
ゴーレムを作る中でもっとも重要なところである。少しでも書き込む文章を間違うと、上手くゴーレムが動かなくなる。動かなくなるだけならば、まだいい。
暴走したら目も当てられない。ゴーレムとは容易に一般人を殺せる凶器でもあるのだ。
広い建物内で多くの男女が働いている。
基本的に1人の人間が1体のゴーレムに魔法陣を書き込んでいるようだ。ずらっと数百人が並ぶ光景は、壮観ですらあった。
「儂ら一般人が魔法陣を書く日がくるとは思わなかったな」
前を歩く職人頭の老人がぽつりと言葉を発した。
感慨深そうに周囲を見回す。確かに、この光景は新しい時代のはじまりかもしれない。これまで魔法陣自体が一般人とはほど遠いところにあった。
魔法陣を書き込むこと自体は、誰でもできる。
問題は魔法陣の内容を理解できるかどうか。仮に理解しても、やろうとする意志があるかどうか。やろうとしなければ、成し遂げられることもない。
「あんたの開発した魔法陣を散らす技術。あれは本当に素晴らしいよ」
魔法陣を散らす技術とは、ゴーレムの全身に魔法陣を書き込む技術である。
以前のゴーレムは体の動きを制御する核があって、そこに集中的に魔法陣が書き込まれていた。俺は核をなくし、全身に魔法陣を書き込めるようにしたのだ。
それによって格段に魔法陣を書き込みやすくなった。一般人でもわかるように、魔法陣を拡大させたのだ。核に書き込むよりも、作業自体は同じだが、圧倒的に書くための技術を必要としなくなった。
これは技術の進歩ではない、退化である。
退化したからこそ、一般人が使えるようになったのだ。
「いえ、発想の転換にすぎませんよ」
事実、そうだった。
ネタがわかれば、世界中の魔術師が真似することが可能だ。俺の開発した技術はどれも同じようなものばかりで、魔術師としての誇りなど持ちようもない。
「儂も年を取ったな。あんたの言葉を聞いていると、自分が情けなくなる。これまでの50年は何だったのか……」
「大丈夫ですよ。鍛冶屋の腕では、逆立ちしても勝てませんから」
「当たり前だ!! 鍛冶の腕まで超えられたら、首をくくらないといけない!」
老人は怒鳴りつつも、どこか面白がっている。
商会の男たちとは違う。ものを作る同士としての通じ合うものがある。
再び人々が魔法陣を書いている場所に目を戻す。
「そういえば、女性が多いですね」
土の保管庫でも、土人形を焼いている場所でも、一人も女性はいなかった。ところがこの建物では半分が女性である。若いものから年老いた人まで、さまざまな年の女性が働いている。
「ああ。魔法陣を書く仕事は、むしろ女が向いている。魔力は多少使うが、肉体労働ほどには疲れないからな。なにより女は手先が器用だ」
魔術師にも女性が多い。有能な男は前線で戦う職業になりがちだ。同じようなものだろうか。
それでも職人と呼ばれる領域にまで女性が入り込むのは珍しい。剣を打っている女性など、おとぎ話にも出てこない。
老人は振り返って、ニヤリと笑う。
「家のババァも働いておるよ。小遣い以上の金が稼げて喜んでおったわい。まったくあんたの技術さまさまだわい。のう?」
商会の男たちに話を振る。
「そうですよ! 万単位の注文が入っていて困っているくらいですから」
「来月には新しい建物も立てて、新しい人間も雇う予定となっております! 間違いなく全てがアラン様のおかげです!」
「カッカッカ。街も商会も儂たちも儲かって、最高だわい」
男たちと老人の会話だけを聞くと、ゴーレム作りは完璧のように思えるが、実際は違う。
ゴーレムを開発した自分だからわかる。今は完璧でも、いずれ問題は出てくるだろう。そもそも未来永劫に通用する技術というものは存在しないのだった。
もっともダンジョンの中には、今もって解明されていない超技術がある。
神話の時代の道具と言われているが、例外だ。あらゆる技術が時代遅れになるなら、ダンジョンを捜索する意味もなくなってしまう。
「……失礼ながら、俺のゴーレムにはまだまだ改良の余地がありますよ」
「む。どこがじゃ? 儂には完成しているようにみえるが。」
「例えば……そうですね。魔法陣を散らす技術は、ゴーレムを作りやすくした一方、悪意のある人間に操作されやすくもなります」
凡人の開発した技術に完璧はない。誰でも使える技術というものは、誰でも悪用できる技術であるということでもある。
ある面を改良すれば、別の面が弱くなる。短時間であらゆる面を改良できるのは、選ばれた人間だけだ。俺の人生は挫折ばかり、どう考えても選ばれた人間ではない。
「……むぅ。確かにそうじゃな。今のところは事故の報告はないが……」
これだけの規模で、これだけの人数を使ってゴーレムを作っている。
悪意のある人間は必ず紛れ込むし、悪いことにゴーレムを使おうとする人間もいつか出てくるだろう。
今はまだ、限られた場所でしかゴーレムが使われていないから、問題が起きていないだけである。
「どうすればいいんじゃ? あんた天才じゃろう、何か思いつかぬか?」
「俺は天才ではありませんよ」
いくつかの対策は思いつく。
それでも。
あえてこの場で語ることはしない。
実際に大量にゴーレムを作っている人間しかわからない視点もある。
俺一人だけでは、いずれ壁に突き当たるだろう。
周囲にいる人間に笑いかける。
「心配ありません、皆で考えましょう。これほどの人数がいるのです。一人くらいは名案を思いつく人がいますよ」
人間は1人では生きられない。
昔からあった教訓が、ゴーレム開発の場面でも通用するのであった。
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