第百十八話 弱小ギルドの悲哀
「いや、近くにダンジョンが発生したのは事実だけど、うちのギルドはまったく関わってないからね。冒険者の派遣もしないよ」
「なんだと!?」
王都ギルドの副ギルド長リリィはしれっと答える。
長い付き合いなので、俺がつめ寄ったくらいでは動揺もしない。
「ダンジョンが発生した時は、一番近いギルドが取り仕切るのが決まりだろう?」
ダンジョンが発生したら、冒険者たちが殺到するに決まっている。
もしダンジョンが大規模だった場合は、そのまま街が建設されることすらあり得る。実際に世界中にダンジョンから派生した街は存在する。
大きな経済的なチャンスでもある。
だからこそ、人々を仕切る組織が必要になる。ギルドにとって名を上げる絶好の機会のはずだ。それをみすみす手放すなど……。
「あのさ、うちの冒険者ギルドの現状をみてみなよ。無理でしょ」
俺は冒険者ギルド内部を見渡す。
この前、俺がこの前暴れた場所は下手くそな修理がしてある。新人冒険者たちもいない。おそらく雑魚モンスター狩りの仕事に出ているのだろう。
新しいダンジョンには数千から数万人の人間が訪れる。
この惨状では仕切るなんて夢のまた夢……か。なんだか現実に引き戻されたような気分だ。
リリィはあきらめた表情で両手をあげる。
内心は悔しさを感じているはずだが、表情には出てこない。
「というわけで、仕切りは冒険者ギルド本部が行うってさ。私たちは王都でお留守番」
「だが、冒険者を派遣するくらいはできるはずだ!」
俺がここまで食い下がるのは、ギルドからダンジョンに派遣されると有利な点があるからだ。
考えてみて欲しい。いくらダンジョンが広大といえども、限度がある。もし数万の冒険者が一気に詰めかけたら、いっぱいになるに決まっている。
ダンジョンにある全ては早い者勝ちである。
だが、ダンジョンに入る順番を決めるのは冒険者ギルド。
なんのつてもなく個人で行ったならば、ダンジョンにすら入れない可能性すらあるのだ。
ダンジョン制覇には夢がある。
だが、その他のことには現実が付きまとう。
もし冒険者ギルドの仕切りを拒否すれば、冒険者の資格を失う。
その辺にいる犯罪者と変わらなくなる。
「残念ながら、それも無理」
「どうしてだ!?」
ドンッ!
思わず机を叩いてしまう。
ビクリッとソフィーナが背筋を伸ばす。
すまない。だが、人間には1つか2つどうしても譲れないものがある。すぐそばにダンジョンがあるのに黙ってはられない。
もし行けなくなったら、一生後悔することになるだろう。
「どうしてって……。ノエルさんが一番よくわかっているでしょうが。単に新人冒険者たちの実力不足よ」
「それでも、浅い階層で経験を積むことぐらいはできるはずだ」
実際にダンジョンを捜索するのは。この上ない訓練になる。たとえもっとも浅い階層であっても……だ。
出てくるモンスターも強くはない。新人冒険者たちにとっては見逃せないはず。
「あー、ダンジョンを案内しながら、指導してくれる冒険者がいればなぁ。どっかにそんな親切で戦いに強い冒険者がいないかぁ」
「……うぐぐ」
さすがにダンジョンにまで行って、新人冒険者たちを指導する気にはなれない。
ダンジョンを捜索するからには、勝算があろうがなかろうが、制覇を目指したい。冒険者としての誇り、あるいは個人的なわがままである。
くそっ。
完全に当てが外れた。
王都の冒険者ギルドが新しいダンジョンに行くことはなさそうだ。
やる気がある職員がリリィ1人では打つ手がないのだろう。新しいダンジョンの発生は一種のお祭りで、あらゆる人間が利益を求めて動き出す。
下手に手を出すと火傷しかねない。
理解はできるが、感情が追いついていかない。
どうすればいい。どうすれば俺は新しいダンジョンの捜索ができるのだ。
「あ、あの、ダンジョンというのは、そんなにいい所なのですか?」
ひかえめにソフィーナがたずねてくる。
ソフィーナにはダンジョンを探索した経験はない。せいぜい俺が雑魚モンスターを倒すところを見学したくらいだ。
新人冒険者たちとの訓練を経験して、ソフィーナも少しは強くなっている。
今ならばゴーレムちゃん(仮)と一緒にスライム1匹くらいは倒せる可能性があるな。
「うーん。そうねぇ。ノエルさんをみていると、素晴らしいところだと勘違いしちゃうのも無理ない。だけど普通に考えたら、この世の地獄ね」
俺のかわりにリリィが答える。
よりによって地獄とはなんだ。
ダンジョンとは栄光を掴みに行く場所だ。
「考えてもみなさい。モンスターがうじゃうじゃいて、罠がいっぱい。毎日のように死人がでる。そんな場所は地獄としか表現できないわ」
「こ、怖いところなんですね」
ソフィーナが震える。
反論したかったが、リリィのいったことも事実だった。
だが、それを超える魅力があるからこそ、冒険者なんて職業があるのだ。
素人であるソフィーナにどう伝えたものか。いざ言葉にしようと考えると難しいな。
「そうよ。怖いところよ。喜んで地獄に突っ込む冒険者は一種の狂人」
ちらりと、リリィは俺の方をみる。
「もしずっとノエルさんのそばにいたいのならば、冒険者のことも知らなくてはね。この人、筋金入りの冒険者だから」
ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。
どうかよろしくお願いします。




