第十一話 ゴーレム開発の天才
1年ほど前、街に大貴族が来たことがある。
街をあげての歓迎が行われていた。市長をはじめ、有力者が大勢付き従っては、機嫌を取っていた。もっとも街の住人にとっては、格好の見世物だったのだが。
今、俺はその時の大貴族になった気分だ。
ゴーレムを作る場所を見学するだけで、30人もの男が付いてこられても困る。必要ない、どう考えても。
男たちだって無駄なことをしていると理解しているはずだ。完全な馬鹿では大商会の職員にはなれない。
支店長であるコーネットが恐ろしいのだろうか。商人には商人の苦労がある。上役に気を使わなくてはならない。その点だけは、冒険者の方が自由だといえる。
冒険者は毎日誰にも頭を下げずに生きている。そのかわり、ほとんどの冒険者が貧乏だ。
金と自由。
どちらを重く感じるか、人によって違うのだろう。
「え、えっと、ここがゴーレムの原料となる土を集めている場所です」
最初の建物に入ると、天井に届くほどの土が盛られていた。
街で働いているゴーレムくらいなら、1000体以上作ることできる量だ。まるで山そのもの。
「すごい光景でしょう! この街で作るゴーレムの大半はここの土から作られているのですよ」
「……わざわざ建物の中に土を?」
ゴーレムを作るだけならば、雨に濡れていても問題ない。魔法陣さえ書き込めば、多少の雨ではびくともしない頑丈さを手に入れられる。
もっとも俺には「土操作」スキルがある。スキルがあった上で、ゴーレムを作っていた。
俺が思いつかないだけで、土が濡れていては駄目な理由があるのかもしれない。
「……え?」
男たちはあっけに取られた表情をした。
驚いたのはこっちだ。基本的な質問だと思ったのだが……。
「いや、結構です。聞かなかったことにしてください」
コーネットと会ったのは昨日だ。
男たちは急いで集められたのだろう。ゴーレムに詳しくなくてもしかたがない……のか?
俺は土の山に近づいて、少しだけ手に取ってみる。
普通の土だ。
俺のスキルでもちゃんと動かすことができる。ふむ。
「普通の土にみえますが、何かこだわりがあるのですか?」
「……は?」
もう男たちに質問するのを諦めよう。
この男たちはゴーレムを売るのこそ専門であって、作るのは専門外らしい。商人と職人は違う、そういうことだな。
たくさんの人間が土を運んでいる、誰も彼も忙しそうでこちらには目もくれない。汗びっしょりになっている。典型的な労働者の姿だった。
本当の労働とはこのようなもの、と教えてくれているようだった。俺も商会の男たちも労働という点は、まだまだ甘いのかもしれない。
次に案内されたのは、土人形を作る建物であった。
火を使って土を固めているようだ。ゴーレムの各部品を大量のかまどで焼いている。空気が熱い、最低でも100個はあるかまどから熱が出ているのだ。
なるほど。俺はスキルで作っていたが、火で固めるとは、非常に興味深い。ゴーレムの仕上がりにも影響があるのだろうか。
「お、おい。職人頭を呼んで来い」
「わ、わかった」
男の一人が走り出し、背の低い老人を連れてきた。
どうやら質問に答えられないのを気にして、答えられる人間を連れてきてくれたのだろう。別に見学するだけで十分なのに。
連れてこられた老人はみるからに嫌そうな顔をしている。
仕事が中断されて不機嫌なのだろう。気持ちはわかる。
「来月までに1000体ものゴーレムを作らなくてはならんじゃ。遊んでいる暇はないことをわかっているのか?」
「お、おい! ノエル様に向かって……。口の利き方に気を付けろ!」
男たちがたしなめるが、老人は態度を変えようとしない。
「ふんっ。例えゴーレムを開発した人間といえども、儂の前では若造は若造。頭を下げる気など、これっぽっちもないわい」
俺としては老人の態度の方が助かる。
卑屈になられても、どう接したらいいのかわからない。なんせ人の上に立った経験がまったくないのだ。
冒険者としても、荒っぽい態度の方がしっくりくる。
この人ならば、ゴーレムの質問にも答えてくれるに違いない。
「ご老人が焼いて土人形を作るアイデアを思い付いたのですか?」
老人はじっくりと俺をながめた後、言った。
「儂は剣を作る専門の鍛冶屋だったからな。火を使うのはお手のものじゃ」
「素晴らしい技術です」
鍛冶屋の応用とは、素直にすごい。
俺は鍛冶屋の技術など知らない。もっぱら剣を振る側である。この街には無名ではあるが、卓越した技術を持つ職人がいくらでもいる。
ところが、老人の方はますます不機嫌になっていた。
「ふんっ! 偉い学者様に褒められても、ちっとも嬉しくないわい!」
偉い学者? 俺が?
俺はただの冒険者にすぎないのに。
「ちょっと、俺はですね……」
「これだけの技術を作り上げたのじゃ。どうせ王都あたりで勉強した偉い魔術師なのだろう? スキルのない人間を馬鹿にしにきたのか」
時々、こういうことが起こる。スキルのない人間は、ある人間をななめにみてしまう。実際は使えるスキルなど、ほんの一握りなのだが。
ほとんどのスキルには代替品があるものだ。実際に俺のスキル「土操作」も手間と人手をかければ、老人たちが同じようなものを作っている。
簡単には解決しない、難しい問題だった。
この場で考え方を変えてもらうのは不可能だが、せめて誤解だけは解いておきたい。
「自分は辺境の村で生まれて、学校で習ったのは読み書きだけ。しかも職業は学者ではなく冒険者です。王都の偉い学者とは、天と地も違いますよ」
「本当か? 信じられんぞ」
疑わしそうな目で、俺を見上げる。
「はい。ゴーレムに関する知識は全てが独学です」
本当なのだから目を逸らす必要はない。
そもそも一度も王都には行ったことがないのだ。偉い学者とやらも会ったこともない。
老人はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「もしそれが本当ならば、あんたはゴーレム作りの天才じゃな」
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