第百四話 取引
リリィは言葉を続ける。
さっきまで遊んでいたとは思えないほどに真剣な表情である。
「王都で調子に乗っているだけならば、別にいいのだけどね。ダンジョンのある街に行きたがる子が多くてねぇ。勘違いしたままダンジョンを捜索したら、大変なことになるでしょうね」
盛大にため息をつく。
結局、リリィは優しいのだ。ギルド職員に冒険者の強さまでを心配する義務はない。どこで死のうとも、結局のところ冒険者自身の責任である。
冒険者はどの職業よりも自由だ。
その代償として、死は自分自身の責任として受け止めなくてはならない。
冒険者ならば誰でも覚悟していることだが、駆け出しならば勘違いするのもしかたがないことではあった。
むしろちゃんと現実をみすえている人間は冒険者などにはなるはずがない。
夢に生きているからこそ、冒険者を目指すのだった。戦闘職に限っても、世の中には職業がたくさん存在する。モンスターが存在している限り、食えなくなることなどないだろう。
「あの、ダンジョンに行くとどうなるのですか?」
ソフィーナは冒険者ではないので、わからないのも無理はない。
一般人なら知らなくていいし、知らない方がいい情報であるからだ。
「半分くらいは死ぬだろうな」
「は、半分!?」
俺も長い冒険者生活の中でダンジョンに行ったきり帰ってこない冒険者を数多くみてきた。
もっとも死ぬ確率が高いのは弱い冒険者ではない。自分の実力を勘違いした冒険者である。
ダンジョンは階層によって、モンスターの強さが異なる。浅い階層には強いモンスターは出てこない。自分の実力をわきまえている分には死ぬ可能性は少ない。
勘違いして実力以上の階層に踏み込んだ時、冒険者は死ぬ。よほどの幸運がない限り、ダンジョン内では誰も助けてはくれない。
リリィの話を聞くかぎり、王都の低ランク冒険者はその危険をおかす可能性が高いということだ。
「俺としては余計なお世話のような気がするがな」
百歩譲って、ギルドが低ランク冒険者を教育する義務があるとしても、義務があるのは王都のギルドではない。ダンジョンのある街のギルドがすればいいことだ。
それに一度でも死ぬ思いをすれば、勘違いなど消え去るだろう。
俺の経験してきた冒険者の成長とはそういうことだった。誰かに口出しされるようなことではない……はずだ。
「ノエルさん。王都にいる冒険者は若い子たちばかりなの。死んだら可哀そうだと思わないの!? 心を鬼にして叩きのめせば、10年後に感謝されるでしょうよ」
「いや、ダンジョンで死ぬ冒険者には同情するけど……」
駄目だ。
どうしても気が乗らない。
冒険者の自由もそうだが、低ランク冒険者を叩きのめすということは、弱いものいじめをするに等しい。
俺は弱いものいじめが嫌いなのだ。自分より弱い人間に勝ったところで得るものなど何もない。自分より強い人間、せめて同格と戦いたい。
とはいえ、人助けには違いないし、リリィには大きな恩もある。
どうしたものか……。
「辺境の街の英雄。ノエルさんならば、引き受けてくれると思っていたのに。なんですか、その煮え切らない態度は!」
俺をにらんでくるリリィ。
昔からこの目に弱い。どうしてもリリィの力になってやりたくなる。スキルは持っていないはずなのに、特別な力があるように感じる。
だが、俺もいい年だ。さすがに昔のように気分だけでは行動できない。
ソフィーナという守るべき存在もいる。軽々と感情だけで決断するわけには……。
「ノエルさんは街の英雄なのですか?」
ソフィーナが首をかしげる。
辺境の街のことはソフィーナに話してはいない。英雄と呼ばれようと、思い出したくない過去だからだ。
「話半分に聞いてくれ。リリィは話を大げさにしたがるからな」
……ん?
待てよ。
ソフィーナか。
「な、なんです!? 私の顔をじっとながめて」
真っ赤になるソフィーナ。
リリィは初々しくて可愛いと評価したが、今は俺も少しだけ同意しよう。
「いや、この際だから君のスキルを調べてもらうのもいいかと思って」
「え!? 私のスキル!?」
ソフィーナのスキルは物体に意思を与えるものだ。
ただ、スキル名をはじめ、詳しいことはわかっていない。この際、冒険者ギルドで調べてみるのもいいだろう。
冒険者ギルドには高精度でスキルを判別できる装置がある。
とんでもない結果が出ても、リリィは顔見知りである、
スキルの内容を秘密にしてもらうこともできるだろう。もちろんただではない。今回の協力と引き換えに……だ。
気が乗らない依頼でも目的があればがんばれる。
一応は人助けだし、冒険者としての経験ならば腐るほどある。
「リリィ。気がかわった。君の依頼を引き受けよう」
「さっすがノエルさん! 懐が深い!」
「その代わりに条件がある」
辺境の街にいたころだったら取引などしなかった。受けるにしろ、断るにしろ、もっと単純に生きてきた。
もしかしたら、俺も学園も影響されつつあるのかもしれない。
良いことなのか、悪いことなのか。
難しいところである。
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