第十話 ゴーレム工場
もしかしたら昨日という1日は、人生で一番重要な日だったかもしれない。
まさかギルド長と、大商会の支店長と、この街最強の冒険者から同時に勧誘を受けるとは夢にも思わなかった。しかも条件も素晴らしい。
クラウスの誘いを受ければ、冒険者全体に貢献できる。
コーネットの誘いを受ければ、大金持ちになれる。
エネルの誘いを受ければ、ダンジョン制覇を成し遂げられる確率が高い。
どれの勧誘を受けるべきか。朝まで考えたが答えはでなかった。
条件は素晴らしいが、どこかに引っかかるものがある。自分自身でもよくわからないが、現時点では飛びつけない何かがある。
もどかしい。俺はこれほど優柔不断だったのか?
ただ、一つだけはっきりしていることがある。
これからの人生、ゴーレム開発が大きくかかわってくるということだ。
本業である冒険者をはるかに上回る成果を上げてしまった以上、どこへ行ってもゴーレム開発から逃げられないだろう。
仮にエネルのパーティーで中隊長となっても、ゴーレム開発を求められるに違いない。ダンジョン捜索の道具としてもゴーレムは有効だ。無限の可能性を秘めている。
ならば、次に取るべき手は決まっている。
朝日が街を照らしだす頃。
俺は大量のゴーレムを作っている場所へと向かっていた。
やはり自分の開発したゴーレムがどう作られているのか確認せねばならない。開発者としての義務でもあるし、職人たちの働き方に興味もある。
「でかい建物だな」
思わず声が出てしまった。
街はずれの広大な敷地にゴーレム製作の場所はあった。建物が大きすぎる。俺の家が100個は入りそうな大きさだ。
しかも1つだけではない、ここからみえるだけで建物が3つもある。
どれだけの数のゴーレムが作られているのだろう。
ゴーレムの作り方自体は難しくない。土と魔法陣を書く道具があれば、性能を度外視すれば作れることは作れる。後はゴーレムを動かすのに魔力が必要だが、魔力は量の差こそあれ、誰にでもあるものだ。
一般人は魔力こそあるが、使い方を知らない。使い方は学問そのものであり、研究している人間こそ魔術師と呼ばれている。
もちろん魔力を使いすぎれば、体調が悪くなり、最悪死ぬことになる。無限のエネルギーというわけはない。とはいえ俺の開発したゴーレムは、魔力の少ない一般人でも十分に動かすことはできる。
もともとそのように設計したのだ。その分性能は他の魔法生物と比べてたいぶ控え目ではあるが……。
それにしても。
予約もなにもせずに来てしまったが、中に入れてくれるだろうか。
話を聞く限りでは、この建物はコーネットの商会が所有している。ゴーレム開発者である俺ならば入れると思ったのだが、甘かったかもしれない。
まあいい。ダメならばダメで、正式にコーネットに許可を貰いにいこう。
そう思い、一番近いゴーレム製造場所へ歩き出した時だ。
中から大勢の男たちが飛び出してきた。
「ノエル様ですね! お待ちしておりました」
「は? 待っていた?」
ゴーレム製作場所へ行こうと決めたのは、昨日の夜のことだ。
誰にも伝えていなのに待っていたとは? しかもこんな朝から。
「はい。コーネット様の言いつけです。必ずノエル様がこの場所に訪れるだろうから、おもてなしせよ……と」
コーネットか。
食えない男である。どこまで先を読んでいるのか。下手をすれば気がつかないうちに、商会に取り込まれているということにもなりかねない。
気を引き締めねば。
「ささ、どうぞどうぞ。我々が案内いたします」
「案内するにしても、こんな人数はいりませんよ」
男たちは30人くらい並んでいる。
案内だけならば1人で十分だし、別に案内がなくとも問題はない。むしろ一人で勝手に見学する方が気楽だ。
「あんたたちも仕事あるだろう? 商会の職員なのだから」
「いえいえ、今やノエル様は街一番の重要人物ですから、この程度の待遇は当たり前のことでございます」
ここまで下手に出られると、逆に気分が悪くなる。
確かにダンジョン制覇の栄光を欲していたが、栄光にも種類がある。少なくとも実力に見合わない権力など必要ない。
その時、数人の男が前に進み出てきた。
ああ、見覚えがある。ゴーレム開発がまだ副業だった時に、俺を担当していた職員たちだ。顔見知りだから、案内に駆り出されたのだろう。ご苦労なことである。
いきなり担当の男たちは土下座した。
「……は?」
「すいませんでした!! ノエル様のゴーレム開発が大きな商売になると知りながら、黙っていたのは致命的な失敗でした!」
男たちは地面に額をこすりつける。
思い返せば、他の人間だったら怒ってもしかたがない場面ではある。
これだけ大きい建物を作ったのだ。ゴーレムを作り出したのは昔のことだろう。それこそ俺が副業をしていた時からと考えるのが妥当だ。
分け前はともかく、一切知らされなかったのは人として義理を欠く。俺をだまそうとしたと問われれば、言い逃れできない。
今さらフリーになったからといって、尻尾を振るのはみにくい行いである。
「ですが、自分達には妻も子供もいます。商会をクビになるわけにはいかないのです。どうかお許しください、ノエル様」
冒険者には冒険者の。
商人には商人の道がある。外道な行いをしたら罰を受けるのは同じだった。
それにしても。
クビか。
……クビは苦しいよな。
俺は土下座している男たちの腕を掴んだ。
そのまま立ち上がらせる。
「いいですよ。気にしていません。商会に入る約束はできませんが、コーネットにクビにしないように頼んでおきます」
「……本当ですか?」
「ええ。そもそも怒ってさえいません。最初に契約した分の金は貰っていますから」
……我ながら少々優しすぎる気もしないではない。
許せるのは。きっと。
俺が冒険者であって商人ではないからだろう。
あまり金に価値を置いていないのだ。
金より強さ。ダンジョン制覇。
いつだって冒険者という生き物は夢に生きている。
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