第一話 冒険者ノエル追放される
俺は子供のころから、夢を持っていた。
ダンジョンを制覇すること。
世界中に散らばるダンジョンをたった一つでも制覇すれば、莫大な富と名声が得られる。おとぎ話の主人公になれるのだ。国中の、いや世界中の男なら夢見ずにはいられない。
故郷の村を出た俺は、夢を抱き、幼なじみと共に冒険者となった。
最初はEランクからの下積み。戦いの腕は素人と変わりはしない。何度も死ぬような目にあいながら、少しずつ実力をつけていった。夢以外の何もかもを諦め、ひたすら訓練に明け暮れ、ダンジョンに潜った。
他人からみれば、みじめな生活だったに違いない。それでも充実していた。夢に近づいている実感を持てたからだ。
冒険者になって12年。俺が30歳になった年。
凄腕の冒険者の証であるS級の称号を得ていた。
ダンジョンの最下層まで、あと一歩まで迫っている。最下層の制覇はダンジョンの制覇。ようやく全てが報われる。夢が叶う、歴史に名を残せるのだ。
もう少し。あと少しだ。俺たちパーティーならば必ずダンジョンを制覇できる。俺は確信していた。
だが。
その大切な夢は、無残にも砕け散ろうとしていた。
「ノエル。お前は今日限りパーティーをクビな」
リーダーであるグェントはニヤニヤと笑いながら、俺に告げた。
ついに明日から最下層に挑戦する、打ち合わせの席でのことであった。宿屋のテーブルには大量の酒と料理が並べられている。
発言前の和やかな雰囲気は、一瞬にして凍り付いていた。
「な、なぜだ!?」
信じられなかった。
俺たちは共に辺境の村で育ち、冒険者として腕を磨き合った。仲間として絶対のきずながある……はずであった。
「なぜって……。はっ! 自分でもわかるだろうが。お前にはもう伸びしろがねーんだよ!」
「……っ!?」
グェントは腰に差した剣をなでる。
S級冒険者にふさわしい美しい剣だった。うっとりとした視線を送る。
「俺は剣士としてまだまだ伸びる。いずれは剣聖と呼ばれる人間だ。俺一人の力だけで、ダンジョンの最下層まで行けるようになった」
小さく鼻を鳴らす。
「それに比べて、お前は土いじりしかできないじゃないか。才能の違い、強さの限界がみえているんだ。どんなに努力しても雑魚は雑魚。俺のパーティーにはもうふさわしくないだろ」
土いじり。
俺のスキルは「土操作」という地味なものだった。
グェントのような華々しいスキルは持っていない。他のスキルをおぼえようにも、才能も時間もなかった。
俺は拳を握りしめる。
グェントが俺を内心馬鹿にしていたとは知らなかった。仲間だと思っていた、昨日までの自分に腹が立つ。必死にグェントの強さに付いていこうとがんばっていた自分に。
「だが……だが! 土操作だって役に立つはずだ! 防壁を建てて敵の攻撃を防いだり、ゴーレムだって……」
「だからさぁ!! ダンジョンの最下層では、クソの役にも立たないってことだよ!! 最下層のモンスターは強い。お前のスキルでは足手まといにしかならないんだよ!」
足手まとい。
もはや話し合いの余地などなかった。
長年付き合ってきたからこそわかる。グェントは本気で俺を追放する気だ。
夢をみているようだ。現実感がない。
「せいぜい低級のパーティーに拾ってもらって、余生を過ごせよ。冒険者としては終わりだよ」
「ぐぅ……」
はっきりと言い返せない自分が恨めしい。
この場で決闘を申し込むのが正しい選択だ。それなのに、あまりのショックに体が動かない。
「まあまあ、グェント。熱くならずに。ここは落ち着きましょうね」
テーブルの向こう側から、レイナが声をかけた。
レイナはパーティーの魔法担当だ。グェンドが前線を、レイナが後衛を担当し、俺は不測の事態に備えていた。三人という人数は冒険者のパーティーとしては少ない。それでも仮に多人数だったとしても、連携が取れていなければダンジョン内での戦闘はできない。
俺たちは幼なじみだったこともあり、パーティーに他人を入れる気にはならなかったのだ。
レイナが近づいて来る。
ほんの一瞬、胸の中に希望が芽生えた。
パーティーの主力であるレイナが俺を擁護してくれれば、グェントも追放を考え直してくれるのはないか。浅はかだと自分でもわかっていが、考えを止められない。
何度も死ぬような目にあったから理解しているはずなのに。
世界は自分の思った通りには回らないことを。
レイナはグェンドに体を預けた。
太い腕がレイナを抱きとめる。
「ねぇ。さっさと追放しようよ。雑魚に何を言っても無駄だよ。言い合いは時間の無駄。ノエルは救いようない馬鹿なんだからさ」
「ハッハッハ。そうだな、その通りだ!」
レイナのほほをグェントの舌がなめる。
2人の姿は冒険者というよりも、街のチンピラそのものだった。
俺は思わずにはいられなかった。
いつから、こうなってしまったのか。12年前に村を出たころは、同じ夢をみていたはずなのに……。
「どうしてもっていうなら、この場で土下座しろよ。そうすれば少しは考えてやるよ」
「キャハハハ! グェント面白い!」
俺は二人に背を向けた。
ささやかなプライド、あるいは意地であった。
仮に土下座しても2人の意思は変わらない。俺をなぶって遊んでいるだけなのだ。
もはや何も言うべきことは存在しない。
俺の12年間は無駄な時間だったのだろうか。
出口に向かって歩き出す。
お別れだ。もう二度と会うこともないだろう。
背中からグェントの下卑た声が飛んできた。
「ああ、そうそう。今までパーティーで稼いだ金は全部もらうぞ。俺がモンスターを倒した、お前は何もしていない、当たり前だよなぁ?」
「勝手にしろ」
この日。
30歳の誕生日にして、記念すべきダンジョンの最下層への挑戦の前日。
俺は全てを失ったのだった。
ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。
どうかよろしくお願いします。