第6話 百万 一与 ⑥
「これは門とゆうてな、お主が先ほど目にしたものと原理は同じじゃわい。人物大までの大きさと、音もなく現れたと言うんじゃから、使い手はハチモンとはまた種類の違う手練れじゃろうがの」
先刻イチが目にしたものとの違いを伝えるなら、八門の開いた門の後ろには、宙に浮いた重厚な社の扉が開かれているのが見えるのと、門その物の形が菱形の立体、正八面体で形作られている事だ。
「ハチモン、ご苦労。閉めておくれ」
「はい」
—— ZuZuZu …… BaChiN!
漆黒の闇の何かは社の扉のその中に収まり、扉が閉まると再びバチンという乾いた音と同時に消えていった。
「ゲイトの話はまた後で続ける。次は少し歴史を話そう。」
「 …… (流石だな、初めにイチの許容範囲を超えるジンを見せつける事で、これから話す内容が理解できずとも真実である事を、深層心理の中で印象付けられる。宮司が評価されているのはこれまでの功績はもちろんだが、この人心掌握が最たる所だろう)」
カイエンは口を閉ざしながらも、八千矛の心理操作に感嘆していた。
「一つ国の国王は知っておるな?」
八千矛は話を続ける。
「はい、聖者バアル国王です」
「うむ、世界に化物が突如として溢れたのが神代元年よりさらに百五十年ほど遡った頃じゃな。化物との圧倒的な力の差に世界は分断され、国々は城壁を固める代わりに国交がほぼ断絶された。国力は弱りながらも整備が整い始めた頃に、バアル国王が現れ、惟神、通称ジンという力を用いて、それまで守る事しかできず恐怖に耐える日々だった国民に、攻めてでれるという希望の光を照らされた。そしてこのジンの力を民衆へも広げ、絶大な支持を受け現国王の座へとついた。バアル国王就任を持って世界は神代元年となった訳じゃな」
八千矛は、これまでの大まかな歴史を語った。
「はい、ジンの力で衰えすらも抑制し、神代358年の今もなお国王として国を守られている、誰もが認める救世主であるかと思います」
イチは、ここ生魂神社で学んできた事を、その神社の長である宮司へそのまま回答した。
「うむ、単刀直入に言おう。我々はバアル国王の事が腑に落ちておらん。これは我らが八つ国国王を含め、一部の者のみが想う共通の認識じゃ」
「そんな …… 」
考えもしなかった想いがイチに押し寄せてくる。
「思いもよらなかった事じゃろうが、イチには今は受け入れてもらうほかない。ワシどもは単にテロリズムではなく理由を持って腑に落ちておらんのじゃ」
ヤチホコは強い眼差しで、そこに偽りなど存在し得ない事を伝えていた。
「まず大きな所では、世界共通の脅威に他ならぬ化物の科学的解明が全く進んでおらん点と、同じく唯一の対抗手段であるジンの力の解明も進んでおらん点じゃ」
—— BuN
後ろで控えていたハチモンが4Dプロジェクターを起動し、八千矛の説明内容に応じて、映像や資料を表示していく。
「次に、過去には十三つ国まであった内、四つ国までが現在の一つ国として統一され、今は五つ国との折衝が進んでおる。これは間違いなく世界の統一を狙っているとみて間違いないじゃろう。更には四つ国までの国王は皆、人が変わったかのようにバアル国王に只々従うだけになっているように思えてならん。二つ国は世界随一の科学力を誇り、世界に活力を与えていた国じゃ。今では全くと言っていいほど何も研究成果が上がってきておらず、これは何らかの理由により研究が止まっておるのではないかとワシ達は見ている。三つ国はジンが発現する以前までは、化物から世界を守り抜いていた兵器技術に長けていた国じゃ。この国が一つ国に素直に国を明け渡したというのも不思議でならん。これらを冷静に分析していくとバアル国王を中心に何かがおかしいのじゃ。とてつもない何かが起き始めている気がしてならん訳じゃな」
「あ …… う …… 」
イチはヤチホコから発せられてくる怒涛の情報量を浴びながら、生まれてから今まで、トーストにはジャムを塗るくらい、黄金解決ブルジョワンが金に物言わせて問題を解決するお約束事くらい、当たり前に信じていた事への情報修正に追われ、言葉が出てこない。
「そして、ここからは言葉の表面だけではなく、確と自分の心と向き合い聞いてほしい」
八千矛はイチの動揺を感じながらも話を進めていく。
「それまで怯えるばかりであった国民に、ジンという異能な力で国民に希望を与え、その後に全国民に目標を与えるが如く、バアル国王が行った演説は知っておるな?」
「 …… はい、教科書で学ぶほどに有名な演説です。国民が聖者バアル国王の予言に応えるべく、日々精進に励んでおります」
「我々八つ国は、その演説こそが疑うに足る全てであるとみているのじゃ」
八千矛はイチの目を正面から真っ直ぐに見て、なおもハッキリと聖者への疑念を告げた。