第4話 百万 一与 ④
階数という表現が適するのかは定かではないのだが、社務所はイチたちの学びの社から一つ上の階へと巨木を進んだ所にある。
「おい! ゲイト出現時の映像分析まだ終わらないのか!」
「早くあの爺さんとの回線繋いでくれ!」
「ごめんなさい! ちょっとどいて!」
「分析急げよ!」
「バカヤロウ! ウチの子供が一人持っていかれてるんだよ! 早く繋げ!」
中に入ると広く開かれた奥間には、先ほどの事件の状況把握に努めているのだろう神職や衛士たちが、慌ただしく通信機器やパソコン、惟神などを用いて、情報交換、情報収集などに奔走している。
「この奥の部屋で待っていなさい。私からは何も伝えられないけども、あなたにとって大きな決断を伴う事になると思うわ。今はまだ混乱していると思うけど、答える前には一度大きく深呼吸をして、落ち着いて、良く考え答える事よ」
—— Su ……
社務所までイチに付き添っていた弾姫 珠が部屋の奥の戸を開ける。
「タマさん、有難う。カイエンはハレヒメが生きてるって言ってたんだ。だから今はどんな話でも聞いておきたいよ」
イチはすでに決意が決まっていたかのように、落ち着いた口調でハジキに答える。そして開かれた戸の先へと、しっかりと力強く進み歩んだ。
—— Gu ……
戸の先は視界が暗く、そしてとても狭い。
壁には均等に並べられた蝋燭LEDが、うっすらと辺りが見えるくらいに光量を調整されている。暗さはあるが、火を模したLEDの揺らめきがなんとも心地よく、不思議と暗くとも不安な気持ちにならない。
壁側に目をこらすと規則正しく顔写真が並んでいる。
一番手前の一枚目は、額しかなく中に写真は飾られていない。続く二枚目の写真は、焼けてしまったのか焦げた箇所が多くほとんど視認はできない。その後からは数枚の写真が並び、一番最後が現宮司の八千矛 兎宮司 (通称:ヤチホコ宮司、宮司)である事から、並んでいる顔写真は生魂神社の歴代宮司である事が推測される。
その廊下を奥へ進んでいくと、不思議なことにイチの背丈でも段々と体をかがめていかなければ進むのが難しい高さとなっていく。
「随分狭いな …… 」
廊下奥の引き戸に差し掛かり、少しの間を置きイチは深い呼吸をした。
「うん、確かめなきゃ …… 」
戸をくぐり抜けると、一面には市松模様の畳が敷き詰められており、天然い草の香りが、訪れた客人の心を程よく落ち着かせる。天井は三階分も四階分もあろうかという贅沢な高さの吹き抜けで、小さく、細かく、至る所から眩いほどの採光が取り入れられており、まるで木漏れ日のような、自然の中にいるかのような錯覚をイチは覚えた。
「社務所の奥にこんな大きな広間が …… 」
実際にイチは錯覚に陥っていた。直前までの廊下の演出、暗さ、細さ、狭さ、湿気、音、匂いなどにより、戸を抜けてからの広間は、実寸大よりも遥かに広く、そして明るく、崇高に感じている。
広間には座布団が横二列で綺麗に並べられており、奥は少し高台となり、掛け軸が2本、『食前感謝』『食後感謝』と書かれ、生け花と共に格式良く飾られている。
掛け軸の前には大きな長机があり、その机に均一に何か書類を並べていく青年が背中越しに見かけられた。
「あの …… 座る場所とか …… 決められているのでしょうか?」
イチはその青年に小さく尋ねながらも返答を得られないので、居場所を探すように萎縮気味に一番端の座布団で膝を曲げた。
「トットット、そんな端に座るな、声を張らねばならんじゃろうて」
前方から聞こえたように感じられたが、青年の声にしては明らかに声質が合わない。
イチが不思議な表情でその青年の背に目を配っていると、書類を机の真ん中から右半分まで並び終えた所で(要領がとてつもなく悪そうだが)左半分側へ移動しようとその青年はクルリと周り、イチと目が合った。
「 …… 」
「 …… え? えーっ! いやいやいやっ! ぼ …… 僕じゃないですよ!」
青年は声の主が自分だと思われるとは微塵も想像していなかったようで、突然注目された緊張と焦りで、腰を抜かしながら残りの書類を大きく、そして高く、前方へぶちまけ、体は
—— DoTeN!
と中心を失った。
「あっ …… ご …… ごめんなさい。どなたか他にいらっしゃいますか?」
どう目を凝らしても辺りに誰もいないのは明白であり、イチはこの質問が不自然である事は理解しながらも、腰を抜かした青年にこう聞くしかなかった。
「トットット、見えておらぬな? 見えぬは恐れよなぁ」
イチは声の主に言われるがまま、導かれるままに必然的にこの空間に恐れを感じ始めた。
「宮司の背が低いだけでしょうが …… 」
イチは声の主とのやり取りに緊張を感じ始めたせいか、入り口から開円達が入ってきていた事には気付いていなかった。
「状況把握の終えていない傷心の者を、更に動揺させてどうするんですか」
—— KuIKuI
開円はイチの方を見て、手招きで座る場所を真ん中の座布団へ指定する。
「トットット、すまんな。タイミングが良すぎてつい遊んでしまったわ」
長机の向こう側からピョコンとモフモフの兎の耳が飛び出ると、それはスイーっと机の端へと向かい、机の終わりから声の主が現れた。
「イチヨ、直接顔を合わせるのは初てかな? この生魂神社宮司の八千矛 兎じゃ」
齢八十以上に見える背の低い爺さんが、モフモフの兎の耳を付け、杖をつきながら、今若者に大流行で次回出荷待ちとも言われている超低空電動立ち乗りスカイボード(通称:電スカ)に乗って突然現れ、この八つ国最大の化物防衛機関でもある生魂神社の宮司であると名乗った。
「は …… 初めまして …… 百万一与です。ヤチホコ宮司」
イチは満載のツッコミどころを、脳内で一つづつ潰しては冷静さを取り戻していった。
「皆も揃ったのぉ」
カイエンと共に部屋に入ってきたのは、同じ十二歳クラスの久々能智トーレ(通称:トーレ)だった。